一日の終わりに
ギルバードと共にアイリーンは帰宅した。待ち構えていたようにエドワードとユージーンが出迎えた。
「アイリーン、大丈夫だったか? 具合悪くなったりしなかったか?」
「編入試験と面接はうまくいったかい?」
「エド兄さま、ジーン兄さま、心配してくれてありがとう。学校って初めてだから、とても緊張したけど、仲良くしてくれるお友達もできました。それにギルさん、剣術の授業で模擬試合してすごくカッコよかったんですよ」
「「へぇー、そうー、ふーん」」
エドワードとユージーンが冷ややかな目でギルバードを見つめた。その刺々しい視線をギルバードは甘んじて受け止める。
「それでは、エド兄さま、ジーン兄さま、ギルさんと今後の方針について話し合うので書斎にいます。夕食でまた」
アイリーンとギルバードの後ろ姿を眺めて、エドワードがぼそりと呟いた。
「……面白くない」
「子離れってこういう気分なのかな……」
ユージーンがため息交じりにぼやいた。二人の兄弟は虚無感と共に玄関に取り残された。
「とりあえず一日無事に終わって良かったですね」
アイリーンが備え付けの茶器で紅茶を淹れる。部屋に紅茶の華やかな芳香が満ちる。
「そうですね。そういえばジェシカさん、可愛らしい方でしたね」
「末っ子で甘やかされて育ったので口が悪くてすみません」
「いえ、そんな……私こそお役に立てずすみません」
「いや、おかげで何らかの魔法がかかっている、ということはわかりましたよ。でも、アイリーンさんの魔法でも解けない呪いや魔術なんてあるんでしょうか?」
「さあ……あの一応魔導書の索引は引いてみたんですけれど、存在しない術式なんです。ご存知の通り魔術は法則と呪文によって構成されているので解析できるんですけど」
「つまり……異世界の魔法だと?」
「ええ、あるいは私の様な異質な存在か……」
そこでカリカリとドアを引っ掻く音がした。
「あら、オスカー? どうしたの?」
「何、面白そうな話をしていたので仲間に入れてもらおうと思うてな」
ドアをそっと開けると黒猫が優雅に入って来た。アイリーンがソファーに腰掛けるとその膝に当然のように飛び乗る。
「なぁ、魔女よ。儂をその学校とやらに連れて行ってはくれないかね?」
「オスカーよ、お前さん、学校に興味があるのか?」
「あるわけなかろう。だが、この世界のものではない魔法に興味がある。帰る方法が見つかるかもしれんだろう?」
「帰りたいの? オスカー」
「いいや、今のところは。ここの飯は旨いしな。だが、手段を知っておくことは損ではない」
なるほどとギルバードは呟きながらアイリーンの紅茶をすすった。いつもながら香りも味も素晴らしい。
「それでオスカー、お前さん、何がわかるんだ?」
「恐らくこの世界の存在で人間である二人にはわからないことが。そのジェシカという娘にも会ってみたいものだな」
そこから聞いていたのかとギルバードが内心動揺する。屋敷の中でこの愛らしい姿の魔獣の耳から逃れる方法はないらしい。
「わかった。それじゃあ、オスカー、大人しくしていろよ」
「むしろ、自由にしてもらった方が調査の能率が上がると思うがね」
「オスカー頼りにしてるね」
「任せたまえ、魔女よ」
猫の王はアイリーンの手で撫でられながら、幸せそうに請け負った。
お読みいただきありがとうございます。
次回「不穏な気配」をどうぞよろしくお願いします。




