追及
「なるほど……アイリーンさん、どうですか?」
「一応、やってみようと思うのでちょっと失礼します」
アイリーンが茂みの中に消えると、ジェシカが石板に書き込み始めた。
『大切な人ってどういうこと? まさか、恋人とか?』
「何言ってるんだ、ジェシカ。あの人はそういうことではなくて……だけど、今の俺にとっては誰よりも重要で大事な人なんだ」
『ふーん、ああいう、かよわそうで可愛らしい子が好みなんだ。前の黒髪で巻き毛の大人の女みたいなのが趣味だと思ってた』
「ジェシカ……! 一体いつの話をしてるんだ!? というか、何故、ジェシカが知っている?」
声を潜めて叱るギルバードの背後からがさがさと音がしてアイリーンが出てきた。
「どうですか? 声出ましたか?」
「ジェシカ、どうだ?」
『あ』の形で口を開け、ジェシカは声を上げようとしたがその喉からは何の音もしなかった。それから首をふるふると振った。
「私の知識の限り、医学的なものも、呪術的なものを排除したのですが、効果はないみたいですね。やっぱり、原因が分からないと上手くいかなくって。すみません、役立たずで」
『本当。一体、この人何をしてて、何しに来たの?』
「ジェシカ、言葉を慎め! アイリーンさんの魔法をもってしても解けない呪いは存在しますか?」
「あ、いえ、その通りなのでお気になさらず……おそらく魔術的なものでしたら、どんなものでも解けないことはないと思います。私の力は世界の摂理を書き換えるものですから」
いつ聞いても凄まじい能力であるとギルバードは思う。アイリーンが来れば簡単に解決すると思いきや、アイリーンの言う通り「万能であるが全能ではない」ということなのだろう。
「あの……ちょっと聞いたんですけど、ジェシカさんは『ブラッディ・マリー』について知ってますか?」
ジェシカの肩が小さく跳ねた。
「アイリーンさん、その『ブラッディ・マリー』とは何ですか?」
「えっと、女子の間に伝わる儀式みたいなものです。階段をろうそくと鏡を持って後ろ向きに上ると未来の旦那様がわかると。代わりに失敗すると『ブラッディ・マリー』が現れ、害するというものです」
「なんだか色んな意味で危ない儀式ですね。それでジェシカ、それをやったのか?」
ジェシカはあからさまに視線を逸らした。
「やったのか? やってないのか? はっきり答えろ」
ギルバードが微笑みながらも凄みをきかせると、ジェシカが気圧されたようにしゅんとした。
「ギルさん、もっと優しくしてあげてください。ジェシカさん、どうなんですか?」
今度はアイリーンに庇われたのが気に食わなかったのだろう。やけくそになって、石版に大書きした。
『や・り・ま・し・た』
「それで、結果はどうだったんだ?」
『何にも』
「……ジェシカさん、『ブラッディ・マリー』を一人でやりましたか? 数人でやったんじゃありませんか?」
ジェシカが弾かれた様に初めてアイリーンに視線を合わせた。それからばつが悪そうに石版に書き込んだ。
『合唱団の女の子たちとやったわ』
「何か起きたんですか?」
『友達の一人が髪の長い血まみれの女の人が鏡から覗いてたって。何かの見間違いだろうけど』
「どう思いますか? アイリーンさん」
ギルバードがアイリーンにささやきかける。そのくすぐったさにアイリーンは少しドギマギしながらも同じ様に応える。
「私、魔術の探知に関しては素人なんです。魔導書に載っていない魔術は分からなくて」
「なるほど。今日はここまで、というわけですか……ジェシカ、すまない。また改めて話を聞かせてもらう。思い出したことがあったら、教えてくれ」
ジェシカは不満そうながら、こっくりと頷いた。
お読みいただきありがとうございます。
次回「一日の終わりに」をどうぞよろしくお願いします。




