剣術指南
「ここが武道場。あ、あれが特別講師かな? 騎士服カッコいいなぁ。じゃあ、あたし、着替えてくるから」
武道場に入るとサーベルを腰に差したギルバードが一人で佇んでいた。その姿はとても凛々しい。いつもの出版社の担当に徹している時と全く違う。これがギルバードの真の姿なのだ。ギルバードを見つめていると、ふと視線に気づいたようにアイリーンの元へやってきた。
「アイリーンさん、どうかしましたか?」
「あの、刺繍の時間なんですけど、右手が使えないので、先程知り合ったマチルダさんが剣術の授業を受けるって聞いて、見学させてもらえないかなと……」
アイリーンはいつも以上にしどろもどろに説明した。騎士姿のギルバードとまともに顔を合わせられない。
「ああ、マチルダ・ディアスさんですね。お友達になったんですか?」
「お、お友達なんて滅相もありません!」
「えー。そうなの? あたしは友達のつもりだったんだけど」
防具を着込んだマチルダが二人の会話に割り込んできた。
「初めまして。あたしがマチルダ・ディアスです。将来は軍属を希望しています。現役騎士の指導を受けることができて光栄です」
「ギルバード・キャンベルです。ディアス将校のお名前はかねがね。アイリーンさんがお世話になっているようで」
「いや、あたしの方が助けられたんです。ところで何故、キャンベル先生はウィックローに?」
「校長から騎士団に是非と要請を受けまして、若輩ながら俺が指名を受けました。騎士として誇りをかけて、全力で指導に当たらせてもらいます」
ギルバードの如才ない受け答えを聞いて、アイリーンは感心するほかなかった。それから、ぞろぞろと男子生徒たちが武道場に入って来た。間もなくギルバードの授業が始まった。
「それでは型から。構えと攻撃を……」
「キャンベル先生ー。そんなことより、キャンベル先生の実力見せて下さいよ」
「実力とは?」
「伝統ある騎士団の中から選ばれてこられたキャンベル先生のお手並みを拝見したいだけですよ、なぁ、みんな」
そこかしこで同意する声が上がる。そもそもここにいるのは気位の高い貴族の令息たちである。剣術も教養の一つに過ぎず、騎士ですら軽視している。貴族の家で育ったギルバードにとっては嫌というほど分かっていた。ギルバードも騎士になる時、強硬に反対された。
「いいだろう。最も腕の立つ者は誰だ?」
「あたし、やりたいです!」
「ディアス、お前は引っ込んでろよ。僕が行く。アーロン、審判をしろ」
「いいぜ、ローガン」
ローガンと呼ばれた巻き毛に釣り目のいかにもプライドの高そうな少年が進み出てきた。ギルバードはローガンと武道場の中央で対峙した。
「それではローガン・ラッセルくん。剣を構えたまえ」
「防具をつけなくていいんですか? キャンベル先生」
「どうかな、その価値が君にあれば」
「……その言葉忘れないで下さいね」
「俺に勝てた暁には、君にいくらでも非礼を詫びよう」
二人は剣を掲げ、礼を交わす。形式的かつ儀礼的なその動作の中でもローガンからにじみ出る傲慢さと侮りが隠せない。どうやら自らの実力に絶対的な自信があるようだ。
「開始ッ」
その声が言い終えるか否かにローガンの剣が突き出される。ギルバードはそれを難なく躱す。ギルバードが右足に体重を乗せ、一気に踏み込む。ローガンがそのスピードに怯んだ。慌てて剣で受けようとするが、ギルバードはそれを許さない。剣は弾き飛ばされ、ローガンの手から離れる。ギルバードの剣がローガンの首に突き付けられた。
「降参です……」
その手並みは鮮やかで、実力差というにはあまりに歴然とした格差があった。資質だけでやっている者と才能の上に血反吐を吐くほど鍛錬を重ねた者、閉鎖的な空間で自分より強者を知らぬ者、多くの者と戦い何度も苦痛と屈辱を味わって来た者。素人であるアイリーンの目から見てもそれは明らかだった。
「結構。では、見世物はお終いだ。全員、素振り三百回」
その言葉に従わぬ生徒は誰もいなかった。
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次回「秘密の儀式」をどうぞよろしくお願いします。




