友達
人でごった返す食堂はビュッフェ形式になっていた。お弁当を持ってきていたアイリーンはマチルダに席取りとして座らせられ、マチルダは人だかりの中に入っていった。戻って来たマチルダのトレイには皿一杯のサラダにラザニア、シチューにパンが乗せられていた。
「あー。おなか減った。豊穣の女神様、本日の糧に感謝して……以下略。いただきます」
マチルダの食事は見ていて清々しいような食べっぷりだった。決して下品でもなく、カトラリーを器用に使い、料理がみるみるうちに消えて行く。アイリーンはあっけに取られて、サンドウィッチを左手に持ったまま見惚れてしまった。
「何、アイリーン……あ、アイリーンって呼んで良いよね? それだけで足りるの?」
「ええ。十分です」
「そっか。右手使えないと食事も不便だね。あたしは午後剣術の授業があるからしっかり食べておかないと。今日から騎士団から派遣されてきた特別講師が来るらしいんだよね」
「ああ、ギルさんのことですか?」
アイリーンはうっかり口を滑らせてしまった。
「ギルさん? 何、アイリーン、知り合いなの?」
「ええ、あの、父の知り合いで! お世話になっている方が偶然、たまたま、思いがけず、同時期にウィックローに来ることになったんです」
「そうなの? 珍しいこともあるもんだねぇ。スタンフォードって何しているお家なの?」
「書店を営んでいます」
「あー、アイリス・グリーンの! ごめん、あたし、あんまり本屋行かないからピンと来てなかった。よくウィックローに来れたね。来てわかったでしょ、ここ、性格悪い奴らがごろごろいるよ。血統書だけが取り柄みたいなアホたち」
「マチルダさんは、私といて大丈夫なんですか?」
「ん? 平気だよ。うちは軍人の家系だしね。それより、みんな誰かの足の引っ張り合いばっかりで、アイリーンみたいに初対面で何の見返りもなく助けてくれる人間の方が少ないからね。学生の間くらい、そういうしがらみからは離れて生きたいよ」
アイリーンが二切れのサンドウィッチを食べきる間に、マチルダはデザートのアップルパイまで食べてしまった。
「アイリーンは通いなんだね」
「マチルダさんは寮生なんですか?」
「親がいると何かとうるさいからね。さて、午後の剣術楽しみだなぁ」
「私も見学しても大丈夫でしょうか?」
「あー。いいんじゃない? 女子は本当は裁縫の時間なんだけど、その右手じゃあね。あたしも特別に受講してるし」
マチルダは食器を洗い場に戻すと、嬉しそうに廊下を歩いた。すらりとしたスタイルにショートヘアのマチルダはどこか少年のような魅力があり、羨望の眼差しで見つめてくる下級生も多い。
「アイリーンさぁ、もっと姿勢よく歩けないの? せっかく可愛い顔しているのに、しょっちゅう俯いてるし」
「可愛いだなんて、とんでもないです……この髪のせいでよくからかわれて」
「ああ、綺麗な翡翠色だよね。珍しい髪色の人間って特別な力があるって言われてるけど、アイリーンにも何かあるの?」
「何にも! 全く! からっきしです!」
アイリーンが全力で否定した。マチルダがその必死な様子を見て、笑いがこぼれた。
「あー、アイリーンって面白いね。なんか、世間ずれしてなくって。素直で、いいわー」
マチルダは勘が良いが、物事を深く考えることをしない質らしい。アイリーンにとっては初めて同性で話ができる存在である。嬉しいなとアイリーンは心の奥が温かくなるような気持ちを味わった。
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