初めての学生生活
案の定、アイリーンは自己紹介という試練を迎えていた。男女三十人の視線がアイリーンに注がれている。教師がアイリーンの紹介をすると、アイリーンはどもりながら精一杯「よろしくお願いします」とだけ小声で言った。教室のあちこちからひそひそ声が漏れ聞こえる。
「なんだ、スタンフォードって成りあがりの本屋風情だよな」
「見てよ、あの髪色。さすが生まれも髪も雑草ね」
「その上、すでに傷物か。治ってから入学すればいいのに」
アイリーンは真っ直ぐ前だけ見て、席に座った。隣に座っているブロンドでショートヘアの少女がアイリーンを見てふいっと視線を逸らした。歓迎されないのは覚悟してきたつもりだったが、まだ甘かったようである。
授業はアイリーンにとってはさほど難しい内容ではなかったが、ジェイダ以外から教えを受けることは新鮮だった。しかし、どうやらそうではない生徒も少なからずいるらしい。現に隣の席の少女はぐっすり寝こけていた。
「マチルダ・ディアスくん、魔法文明の最盛期と機械文明の黎明期に行われた国際博覧会で討論されたのは一体何についてだったか?」
マチルダと呼ばれた少女はがばりと起き、その勢いでペンが転がり落ちた。
「えっと……」
言葉に詰まっているマチルダが視線を泳がせている時に、アイリーンがそっとペンを拾い上げながら呟いた。
「……国際特許法」
マチルダはわずかに驚いた顔をして、それから目を覚ます様に目を二、三度瞬きするとよく通る声で答えた。
「国際特許法です。一時、特許法は経済や貿易を阻害するという理由で撤廃の方向へと流れましたが、最終的に各国の有用な技術を守り、発達を促すために設けられました」
「……よろしい。目覚めたばかりとは思えないほどの回答だ。剣術だけでなく、勉学でも鍛錬を怠らないように」
「努力します」
マチルダは神妙な声で答えて、すっと背筋を伸ばした。それからアイリーンに向かってウィンクした。
授業が終わるとマチルダがアイリーンに話しかけてきた。
「いやいや、助かったよ。ありがとう。名前なんて言ったっけ? 自己紹介の時も寝てたんだ」
「あの、大したことでは……名前はアイリーン・スタンフォードです」
「そう。あたし、マチルダ・ディアス。こんな時期に編入なんて珍しいね」
「あ、はい。昔から病弱だったもので……」
「ふーん、それでその腕はどうしたの?」
「これは、えと、馬から落ちて……」
「やだ、落馬したの? 腕一本で済んで良かったね」
「マチルダ、何してるの? さっさとランチに行こうよ」
数人の女生徒たちが入口からマチルダに声をかけた。
「あー。ごめん、この子も一緒でいい?」
「えぇー。そんな階級の違う子構うことないじゃない。マチルダの評判が落ちるよ」
「別に気にしないし。同じ学校のクラスメイトなんだからいいでしょ?」
「勝手にすれば? わたしたちは先に行く」
女生徒たちはマチルダがアイリーンを選んだことに腹を立てた様子で教室を去っていった。
「あの、良かったんですか? 追いかけなくて」
「いいんだよ。うちの家名目当てでくっついていただけだし。それに、これは勘だけど、あんたと一緒にいた方が面白いことになりそうな気がする」
女子として長身なマチルダが猫のような瞳でアイリーンの目を覗き込んだ。
「さあ、お昼食べに行こう。食堂の場所も分からないでしょ?」
マチルダに手を引かれて、アイリーンは立ち上がった。
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