潜入
一週間後、アイリーンとギルバードはウィックローへとやって来た。紺色の詰襟に金のボタンとネックバンドがあしらわれた制服を着たアイリーンは緊張気味である。
「大丈夫ですか、アイリーンさん?」
一方、白い騎士服に身を包んだギルバードが尋ねる。
「全くもって平気ですよ、ギルさん。今日は本当にいい天気ですね」
「本当に。この時期にしては珍しい大雨ですよ」
車はざぁざぁと降りしきる雨の中を進んでいく。
「本当に大丈夫ですか? 今なら引き返せますよ」
「いいえ! 行くと決めたのは私です! 決めたことを破るわけにはいきません」
アイリーンは小さな手を握りしめて決意を固めた。臆病なくせに強情で、人見知りにもかかわらずお節介である。なんとも手のかかる少女だ。
やがて、ウィックロー高等学校に到着した。赤レンガの校舎が二人を待ち受けており、車はアプローチを抜けて玄関ホールの前で停車した。
「ギルバード・キャンベル先生、雨の中よくぞおいでくださいました。わたしは教頭のアーロ・エバンズです。どうぞよろしく」
「これはご丁寧に、エバンズ教頭先生。至らぬ若輩者ですが、ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
エヴンズは五十代の腹の出た男だったが、その頭部はかつらであることが明白であった。ギルバードはそんなことはおくびにも出さず朗らかに挨拶をした。
「なんの、騎士団長ご推薦です。優秀な貴殿の活躍を楽しみにしています」
ギルバードとエバンズが社交辞令を交わしていると静かにアイリーンが車から下車した。左手にカバンを持っている。
「エバンズ教頭先生、こちらが騎士団長の知人の娘さんであるアイリーン・スタンフォード嬢です」
「ああ、話は聞いていますよ。確か病弱で長い間療養していて、家庭教師をつけていたとか。ところでその右手はどうしたのかな?」
アイリーンは三角巾で右手を吊っていた。これがギルバードの妙案であった。右手を使えなくすれば魔女とバレなくて済む。苦肉の策というわけである。
「あ、それはですね。先日乗馬中に骨折をしたそうで。本人も大変苦労していまして。筆記が難しいのです。そこで編入試験は口頭でお願いしたいのですが」
「全問口頭ですか? キャンベル先生、お言葉ですが我が校の編入試験は口述のみで解けるほど簡単ではないですよ」
「大丈夫です。彼女の知力は騎士団長の折り紙つきです。ご心配なく」
エバンズは疑わし気な目でアイリーンを見て、その視線にアイリーンは一瞬怯えたような様子を見せたが、自分を奮い立たせるように見つめ返してぺこりと頭を下げた。
二人はエバンズの案内で校内へと足を踏み入れた。アイリーンはきょろきょろと周りを見渡しつつ、同時に学生とすれ違うと咄嗟に視線を下に落とすという動作を繰り返している。初めての学校に好奇心を抑えきれないと同時に人見知りの性格がせめぎ合ったいる様子である。
「それでは、キャンベル先生。こちらが職員室です。スタンフォードさんはこちらで編入試験を行います」
アイリーンはギルバードと別れる時、縋るような目で見つめてきたがギルバードが一つ頷くと、アイリーンはしっかりした足取りでエバンズの後ろについていった。
それから二時間の時が経った。そこでエバンズが血相を変えて職員室に戻って来た。
「キャンベル先生、あのスタンフォードさんとは何者ですか?! 歴史、科学加えて数学も暗算で答えた上、小論文もぴったりの文字数で暗唱しましたよ。たった二時間で! 全て正解です!」
アイリーンの知識を用いれば小論文など子供の遊び程度だろうとギルバードは苦笑した。
「学力に関しては彼女は問題ないと思います。ただ少々気が弱いところがありまして、ご配慮いただけたらありがたいです」
「それは、難しいですな。自律、平等、博愛が我が校のモットーですから。一人の生徒を贔屓することはできませんよ」
そう言いながらも、デバンズは優秀な生徒の入学を喜んでいるようだった。
「教育とは奥深いものですね。スタンフォードさんはどのクラスに?」
「担任に十二学年のクラスへ案内するようにいましたよ。スタンフォードさんならその上のクラスでも通用するとは思いますが、慣例なのでね。キャンベル先生も午後には剣術の指導に当たって頂きますよ」
ギルバードは社交的な笑みを浮かべて頷いた。しかし、頭の中ではアイリーンが上手くクラスに溶け込めているか心配していた。
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次回「初めての学生生活」をどうぞよろしくお願いします。




