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妙案

アイリーンは緑色のドット柄のワンピースにクリーム色の帽子を被っている。実に清楚で春らしい装いで玄関で待っていた。


「アイリーンさん、ウィックロー高等学校についてはご存知ですか?」

「皇都の南にある男女共学の高等学校ですよね。それがどうしましたか?」

「アイリーンさん、学校というところはひょっこり行ったからと言って中に入れてもらえるわけではないんです。特にウィックローのような名門校は」

「そ、そうなんですか……でも、この事件を解決できるのは私たちしかいないと思うんです。コンサートが中止になるほどですから、お医者様も魔術師の方もどうにもできなかったってことでしょう?」

「……確かに、姪の手紙にもそう書いてありました」

「でしょう? ですから、どうしてもウィックローに行かないといけないんです」


アイリーンの言葉には好奇心よりも使命感がこもっていた。その必死さと熱意に心を打たれたギルバードはしばらく黙り込み、大きなため息を吐いた。


「仕方がない。あまりおすすめできないんですが、アイリーンさん、編入試験受けて見る気はありますか?」

「ウィックローに、私が、ですか?」


アイリーンはその言葉を呟くと固まってしまった。孤児院での思い出が頭をよぎる。アイリーンは初等学校から通っていないため、同世代の人間の集団生活に飛び込むことに躊躇した。


「推薦状はなんとかなるでしょう。ウィックローは魔術高等学校ではないので、魔法も使えなくて大丈夫です。しかし成績証明書がない以上、面接と試験が必須でしょうが……こればっかりはアイリーンさんの力で切り抜けるしかありません」

「試験で文字を書くのは困ります。能力が発動してしまいます……」

「それでしたら、俺に一つ妙案があります」

「妙案ですか?」


アイリーンは小さく頭を傾げた。


 書類を用意するよりも大変だったのはスタンフォード家の説得だった。人見知りのアイリーンが学校に行き、知らない人間と暮らすなんてできるわけがないと二人の兄は強硬に反対した。トーマスもアイリーンが貴族の子女が多い学校に行くことに難色を示した。アイリーンは必死で抗弁するが、その声はみるみる小さくなっていく。その時、ずっと黙っていたジェイダが口を開いた。


「アイリーン、どうしてもウィックローに行かなければ声を失った生徒さんを助けることができないのですね?」

「はい。驕りかもしれませんが、私の力だったら何とかなるかもしれません」

「そう。だったら仕方ないわね」


あっさりとジェイダは許可した。


「な、お母さま! アイリーンが無理に決まっているだろ?! 魔女だってバレたらどうするんだよ」

「そうですよ、お母さま。アイリーンは学校に通ったことはありませんし、ウィックローには貴族の子供も多い。そんな環境で集団生活なんて無茶です」


兄二人が交互に口を開く。


「お前たち、落ち着きなさい。アイリーンは自分しか成せないことを成そうとしているのです。声を失った生徒たちの心痛はどれほどのものでしょう。自分にとってどれだけ難しい環境であっても、他人を助けようとするアイリーンの覚悟がわかりませんか? それに、アイリーンにはわたくし自ら教育し、本人も更に勉学を続けてきました。作法、知性、どこに出しても恥ずかしくない娘です。わたくしはアイリーンを誇りに思います」


ジェイダはすっと立ち上がるとアイリーンを抱きしめた。


「アイリーン、貴方ならできます。あなたの力は天性の才能ではなく、努力の賜物です。気をつけていってらっしゃい」

「むぅ……それで、高貴な騎士さんはアイリーンを学校に放り込んでいる間何しているんだ?」


エドワードが不服そうにギルバードを睨んだ。


「俺は剣術の客員講師として、アイリーンさんとともにウィックローに派遣される予定です」

事情を説明を受けた騎士団長はアイリーンの名を出すとすんなりと全ての書類を手配してくれた。騎士団長の名でウィックロー高等学校に剣術の講師としてギルバードをねじ込んだ。


「ギルバード・キャンベル。理解していると思うが、約束の魔女の心身が損なわれるようなことがあってはならない。彼女の御身をありとあらゆる危害から守れ、良いな?」


 騎士団長は鋭い眼光でギルバードを威圧した。ギルバードはしっかりとその視線を受け止めつつ、背筋に冷や汗をかいた。ギルバードはアイリーンを守らなければならない。それも国に騎士団にスタンフォード家、ついでに出版社など各方面から圧力がかかってくる。なんて気苦労の絶えない任務だろうとギルバードは何度目かわからない溜息をこっそりついた。


お読みいただきありがとうございます。


次回「潜入」をどうぞよろしくお願いします。

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