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序章

 初夏の鮮やかな日差しが窓から差し込んでくる。そんな中、アイリーンはのんびりと紅茶を飲みながら、新聞を読んでいた。アイリーンは日課として王都で手に入る新聞にはほぼ全てに目を通している。穏やかで満ち足りた朝のひと時は、ノックの音によって終わりを告げた。


「アイリーンさん、ギルバードです。原稿を取りに来ました」


アイリーンはビクッと身を震わせ、アワアワと身を隠す場所を探した。しかし、ギルバードを無視するわけにもいかない。


「ど、どうぞ……」

「失礼します……ってアイリーンさん、どこですか?」


ギルバードはうず高く積み上げられた本の山をかき分けながら、アイリーンを探した。あちこち探した結果、書斎机の中でうずくまっているアイリーンを見つけた。


「何してるんですか、アイリーンさん。その様子だと次回作の構想がまだできていないようですね」


ギルバードもこの三か月で随分アイリーンの生態がわかってきた。この様子だと執筆が思うように進んでいないことが察せられた。


「すみません! まだアイディア一つ浮かんでいません!」

「落ち着いて下さい。前作の『闇の底で猫が見ている』も好評ですよ。とりあえず、そこから出てきて椅子に座って下さい」


差し出されたギルバードの手にそっと手を乗せてアイリーンは机の中から出てきた。大きな革張りの椅子にちょこんと座り、タイプライターに手をかける。しかし、


「うぅぅぅぅ……何も浮かんできません……」


ぐったりと机の上に突っ伏した。ギルバードはその姿を見て、アイリーンに尋ねた。


「そんなに大変だったら、政務に就いては? どうして、特別な才能があるのに小説を書くんですか?」

「好きなんです。小説家というものは一生を懸けるに値する仕事だと思います。本ってすごい力があるんですよ、ギルさん」


 アイリーンは頭を起こして、ゆったりと微笑んだ。約束の魔女として生きる方がもっと容易いだろうとギルバードは思う。名声も地位も望まない上にさらに自分で苦労を背負い込むこの少女の信念をまだ理解しきれていない。呻き声をあげながら白紙とタイプライターに向き合うアイリーンを後目にギルバードは新聞を手に取った。そこで何気なく一つの記事に目を留めた。


「そういえば、夏至祭でウィックロー高等学校の合唱団のコンサート中止だそうですね。なんでも、リディア合唱団のメンバー全員が急に声が出なくなったとかで」

「え? 新聞にそんなこと書いてありましたか?」

「いえ、姪から聞いたんです。合唱団に姪も入ってまして。学校側は発表していないのですが……」

「それです、ギルさん! 絶対に何かあります。取材に行きましょう!」

「ええ?! アイリーンさんが、ですか?」


この三か月見ていてわかったのは、アイリーンは極度の引っ込み思案でほとんど外に出ることはないということだった。ギルバードと出会ったとき、出かけると言って大騒ぎになったのも納得である。それが自発的に出かけると言い出した。


「本気ですか、アイリーンさん?」

「もちろんです。フェイスさんを呼んで早速準備しますので少々お待ちください」


先程までの死んだような目から打って変わって生き生きと生気がみなぎっている。ギルバードの止める声も聞かずにアイリーンは立ち上がると書斎を出ていった。そこに入れ違いで黒猫のオスカーが扉から入って来た。首にはアイリーンが書いた魔力封じのリボンが巻かれている。


「なぁ、オスカー。アイリーンさん、妙に行動的になってやしないか?」

「おや、ナイト殿。思い当たる節があるんじゃないかね?」

「いや、特には」

 老熟した男の声をした子猫は喉の奥でくつくつと笑った。この猫の正体を知っているのは今のところアイリーンとギルバードの他にはフェイスしかいない。フェイスはこの猫の王に恩義を感じ、時々新鮮な魚や柔らかな肉などを与えているらしい。


「お待たせしました。行きましょう、ギルさん」


アイリーンは緑色のドット柄のワンピースにクリーム色の帽子を被っている。実に清楚で春らしい装いで玄関で待っていた。


お待たせしました。見放さずブックマしてくれていて人ありがとうございます。


第二部の始まりです。

次回「妙案」をどうぞよろしくお願いします。

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