終章
すべてが終わったのは朝食の時間になってからだった。一睡もしていないギルバードはクタクタだった。目の前に紅茶が差し出された。てっきりフェイスだと思ったら、そこにいたのはアイリーンだった。アイリーンは治安防衛団が去るまで部屋で待機していた。表向きアイリーンはこの事件に関わっていないことになっている。
「ありがとう、アイリーンさん。紅茶美味しいです。淹れるのお上手ですね」
「薬草を煎じるのと変わりませんから。お疲れさまでした……ごめんなさい。私のせいでこんなことになってしまって」
「オスカーを拾ったことだったら謝ることはないですよ」
「……違うんです。私は十四歳の時王城で皇帝陛下にお会いすることになりました。その時、階段を踏み外してしまって危うく落ちるところだったんです。それを下にいた騎士見習いの方が受け止めてくれました。手荷物を放り捨てて、助けてくれたんです」
はあとギルバードが気の抜けた声を出した。
「その人の名前は手荷物の中にあった教科書に記名がありました。だから、政府から護衛をつけると言われた時にその名前を口にしたんです」
銀髪に青い目の端正な顔立ちをしたギルバードがハッとしてアイリーンを見た。
「私、記憶力は良いんです。そして、実は狡い人間なんです。あの時はありがとうございました、ギルさん」
「まさか、あの時の少女がアイリーンさんだったなんて気付きませんでした」
ふふふとアイリーンは風にそよぐ花のように笑った。
「それに私には嘘が分かるんです。二年前、士官学校の学生さんなら今は二十歳から二十二歳のはずです。違いますか?」
「……おみそれしました」
ギルバードが右手で額を押さえながら天を仰いだ。つまらない嘘をついたものだと今更ながら恥ずかしくなる。それから一つため息をついてから、アイリーンに爽やかな笑顔を向けた。
「それで、次の短編の構想は浮かびましたか?アイリス先生」
アイリーンがうっと呟き、身を強張らせた。
「さぁ、締め切りまであと五日しかありませんよ。朝食を召しあがったら、早速執筆に入ってくださいね」
呻くアイリーンの膝の上にぴょこんとオスカーが飛び乗った。
「なんだ、魔女は物書きを生業にしているのか? それなら儂の話でもしようか?」
「オスカー……さん?! 助けてくれるのですか?」
「恩人のためなら構わんよ。それにオスカーで良い。この世界では魔女に従おう」
「ありがとう、オスカー! 私、これでいい作品が書けそうです!」
ギルバードは何となくもやっとした気分で、黒猫の姿をした魔物を見やった。
「オスカーとやら、お前さんは異世界の魔物で猫の王なんだろう? 本性は一体どんな姿なんだ?」
「しかるべき時が来たら、とくと披露してやろう。しかし、魔女が危機に陥らないように精々気張ることだな、ナイト殿?」
面白がるような口調でオスカーが答えた。ギルバードは閉口して紅茶をすすった。
こうして二人と一匹は出会った。約束の魔女の物語が今、幕を開ける。
お読みいただきありがとうございます。
第一部「闇の底から猫が見ている」でした。
第二部「天上の聲 呪縛の鏡」
14日より投稿予定です。
次回もどうぞよろしくお願いします。




