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魔女の悲劇

 アイリーン・ストウナーは森の中に一軒だけある小さな家に生まれた。両親は薬師で穏やかで静かに暮らしていた。アイリーンは話し始めるのも、字の読み書きも他の子よりも早かった。ごく普通の家庭で育った普通の子供だったアイリーンだったが、彼女には特別な能力が備わっていた。それは三歳の頃の話だった。両親が森から戻ると庭にいたアイリーンの周りにはいろんな動物が集まっていた。鳥にリスやウサギ、シカ、ウマがアイリーンを取り囲んでいる。


「アイリーン! 大丈夫?」


驚いた母親が駆け寄ると、アイリーンはきょとんとした顔をしていた。父親はアイリーンの傍に置かれていたスケッチブックに目をやった。そこにはたどたどしい文字で「どうぶつさんと あそびたい」と書かれていた。


「アイリーン、これは初めてかい?」

「ううん。お父さんとお母さんが忙しい時は時々呼んで遊んでるの」

「他のこともできるかい?」

「えっとね……」


アイリーンはまだ丸い柔らかな手でペンを握り、「あかいりんご おちる」と書いた。すると目の前に実った赤く熟した林檎だけがぽたりぽたりと落ちてきた。その様子を見て両親は顔を見合わせた。


「魔女だわ。こんな魔術見たことがない」

「まずはアイリーンの能力を見極めなければ」


それ以降、二人は時間を見てはアイリーンに様々な言葉や文章を教え、アイリーンの魔法の法則を検証していった。五歳になったアイリーンに父は告げた。


「アイリーン、お前は魔女だ。魔女はこの世界で祝福された人間だ。お父さんたちにも使えない特別な魔法を使うことができる。だけど、この力を誰にも見せてはいけないよ。外では自分の名前以外の文字を書いてはいけない。いいかい?」

「わかったわ、お父さん」


ストウナー一家は慎ましいながら幸せに暮らしていた。アイリーンは薬草のレシピを学び、それを紙に書くことによって見事な薬を調合することができた。

「アイリーンのお陰でたくさん薬が作れるようになってとっても助かるわ」

母親がアイリーンの頭を優しく撫ぜた。アイリーンは褒められることが嬉しくてより一層薬学を学んだ。


「それじゃあ街に薬を売りに行くよ。アイリーンの誕生日も近いし、何かプレゼントも探そう」

「ありがとう! すぐ用意する!」


薬はあっという間に売れた。その後三人で本屋に行き、アイリーンは分厚い小説を買ってもらった。


「本で良かったの?」

「うん。この人の書いた本とっても面白いんだもの」

「アイリーンはすっかり本の虫だな。さて、そろそろ帰るか」


帰途についたとき、それは起こった。三人をめがけて一台の馬車が暴走して突っ込んできた。父は母とアイリーンを突き飛ばし、母はアイリーンに覆いかぶさった。

 父は即死だった。母は病院に運ばれた。アイリーンは必死に「お母さんが治りますように。血が止まりますように」と買ったばかりの本に書き続けた。しかし母の様態は悪くなる一方だった。息も絶え絶えに母はアイリーンに囁いた。


「アイリーン、お母さんと三つだけ約束して……」


アイリーンは必死にかすかな吐息の様な声に耳を傾けた。わかったと答えると同時に母の手を強く握った。


「もっといろんなことを教えてあげたかったのに。一人にしてごめんね。どうか、幸せに」


母の言葉は最期、声にならなかった。アイリーンの手の中で母の手から力が抜ける。アイリーンの夕焼け色の瞳から一粒涙が零れた。


お読みいただきありがとうございます。


次回「孤独な日々」をどうぞよろしくお願いします。

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