真の任務
だが引き金を引くよりも早く、男の拳銃を持っていた腕がぼとりと地面に落下した。
「なッ! 痛ってぇ! オレの腕がねぇ!」
血が噴き出る右腕を男は必死で抑えながら、後ろを振り向いた。次の瞬間、男の首が落ちた。そこに立っていたのはギルバードだった。血に濡れた剣を持ち、フェイスを庇いつつローブの男の前に立ちはだかる。
「てめぇ、やりやがったな!?」
「貴様こそ、それ以上汚い口を開くな。耳が腐り落ちそうだ」
男はローブを巻き上げるとオスカーを持っている手とは逆の手で魔法杖を取り出した。
「てめぇらなんぞ、この大魔術師であるオレ様の足元にも及ばないわッ」
炎呪文を唱えようとした瞬間、男は声を失った。口をパクパクと開閉しながら、踊り場を見上げた。
「約束の魔女がここに記す。世界の摂理よ、しかと刻め。『汝の声、失われよ』」
アイリーンが魔導書にペンを走らせていた。男の両手から力が抜ける。そこでオスカーがするりと抜け出した。
「俺としては魔術でも負ける気がしなかったが、どうやらおしまいみたいだな」
ギルバードが鋭く剣を突き出し、その心臓を一突きした。男の口からは断末魔の声さえ聞こえなかった。倒れ込んだ男のマントには獅子の手足に枷と鎖が繋がれたエンブレムが描かれていた。
「フェイスさん、大丈夫ですか?」
ギルバードが尋ねながら剣をハンカチで拭き、杖の中に収めた。
「ええ、あたくしは大丈夫です。お嬢様は……?」
「無事です、フェイスさん。ありがとうございました、ギルバードさん」
「ついでに言うと儂も無事だ。やるな。良い太刀筋だ」
「お褒めに預かり光栄です、猫の王。そして、約束の魔女」
魔導書にペンを走らせるアイリーンの姿を見て、ギルバードはようやく自分の役目を理解した。二年前、大寒波から国を救った魔女のことを耳にしたことがあった。アイリーンこそこの帝国の守護の要であり、世界でも至高の魔女である。なんと重大な任務であったかギルバードは痛感した。
「俺の出る幕では無かったかもしれませんけどね」
「いいえ、私、パニックになっていて……その上、文字が書けなければ何の魔法も使えないのです。そして私には三つの戒律がありますから……」
「三つの戒律?」
アイリーンはこれですと言って、ギルバードに魔導書の最後に書き加えられた三つの条文を示した。『真実を改竄してはいけない』『人の心を変えてはいけない』『人を殺してはいけない』」
「そんな、それじゃあ、あなたは自分の身も守れないじゃないですか?!」
「亡き母との約束なのです」
そう言ってアイリーンは三つの戒律の条文を指でなぞった。
「私も今ならわかります。大量殺人兵器にされるより、正しく生きて死ぬ方が良い人生だと思うのです」
それにとアイリーンは魔導書を抱きしめながら続けた。
「この能力は万能ではありますが、全能ではないんですよ、ギルさん。それがいつか解かると思います」
ギルバードはハンチング帽を脱いで銀髪をかいた。わずか十代前半の少女がどれほどの覚悟を持ってこの条文を書き加えたかギルバードには想像できなかった。そこで家人たちが集まって来た。
「どうしたのかね、アイリーン、フェイス? それにギルバードくん、なんで君がいるんだ?」
「あなた、大変。人が、死んでますわ!」
「おい、これはどういうことだ、ギルバード!?」
「フェイス、血がついているよ、怪我はない?」
てんやわんやの中、なんとか三人は事情を説明し、治安防衛団いわゆる警察に連絡した。その間に、ギルバードは自分が騎士団の一員であり、アイリーンの保護のために派遣されたことを明かした。
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次回「血まみれのいばら姫」をどうぞよろしくお願いします。




