和やかな夕餉
スタンフォード家に着くと、フェイスだけでなく壮年の男と女が出迎えた。
「父さま、ママ、ただいま帰りました」
「アイリーン、何もなかったか?!」
「大丈夫です、少し煮詰まっていたから、ギルバードさんが気を遣って街を案内してくれたんです」
「ああ、君がギルバード・キャンベルくんか! 出版社から連絡はもらっているよ。期待の新人らしいね。わたしはトーマス、そして妻のジェイダだ」
「恐縮です。トーマスさん、ジェイダさん、これから、どうぞよろしくお願いします」
ギルバードが人の好さそうな笑顔を浮かべて挨拶した。
「あの、父さま、ママ、この子、拾ったんです。飼ってもいいでしょうか?」
「うん? 猫か。アイリーンのおねだりなんて珍しいな。もちろん、いいとも。さて、夕食の時間だ。ギルバードくんもぜひ一緒にどうかね?」
「急なことで、ご迷惑ではありませんか?」
「構わないとも! フェイス、彼の分も夕食を頼む」
「かしこまりました、旦那様」
「アイリーン、この猫、少し汚れているわ。一緒に風呂場で洗ってあげましょう」
「はい、ママ。それでは、ギルバードさん、またあとで」
そう言うとアイリーンとジェイダは屋敷の奥へと消えていった。取り残されたギルバードにトーマスが朗らかに声をかけた。
「応接間で少し話でもしながら夕食を待とうじゃないか。いいだろう?」
ギルバードが肯定すると落ち着いた設えの応接間へと通された。この部屋にもふつう飾られている絵画や壁飾りなどではなく、本棚が壁いっぱいに敷き詰められていた。
「アイリーンさんの部屋もそうでしたが、すごい蔵書の量ですね」
「まあね。それが商売なんだが、同時にこの家系は皆決まって本好きなんだな。あの子がここに来るのも運命だったとしか言い様がないね」
「養子、なんですよね。アイリーンさんからお聞きしました」
そうかと言ってトーマスは言葉を切った。
「他にアイリーンについて知っていることは?」
不思議な質問だなとギルバードは思った。
「アイリス・グリーンとして本名を隠して活動されていること、それと……」
「それと?」
「来週、十七歳になることくらいでしょうか」
それを聞いてトーマスは破顔した。
「そうだったな。今年は何を贈ろうかな? いつも本ばかり与えているから、誕生日には特別なものをあげたいものだね」
「アイリーンさんは何がお好きですか? 俺も何かプレゼントを贈りたいのですが。手帳なんていかがでしょうか?」
「ああ、あの子は手帳を使わないよ」
トーマスは事も無げにそう告げた。
「え、作家さんなのに、スケジュール帳やメモ書きはしないのですか?」
トーマスは一瞬しまったという表情をしてから、すぐににこやかに言った。
「あの子は素晴らしい記憶力の持ち主で音。今まで読んだ書物も十年先のカレンダーもみんな頭に入っている。親バカだが、あんなに賢い子は見たことが無いよ」
それから間もなくしてアイリーンとジェイダが応接間へとやってきた。
「見て下さい、ギルバードさん。綺麗な毛並みすでしょう?」
アイリーンの言う通り子猫は艶やかで見事な黒い毛並みをしていた。目の色は鮮やかなブルーだった。
「目の色はギルバードさんの色とそっくり。ね、オスカー?」
ギルバードが試しにオスカーと名付けられた猫に人差し指を近づけて見ると、無礼を注意するように肉球で叩かれた。
「賢そうな猫ですね。アイリーン、きちんと世話をするのですよ」
「はい、ママ」
そこに二人の兄弟が応接間へと入って来た。
「アイリーン、大丈夫か?」
「ええ、元気よ、エド兄さま。見て、公園にいたの。オスカーっていうの」
「可愛い猫だね、アイリーン。フェイスが夕食が出来たって言ってたよ。そろそろ移動しよう」
ユージーンの言葉に従って、一同は食堂へと移動した。オスカーという名の猫を残して。
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次回「懸念」をどうぞよろしくお願いします。




