黒猫と鉄の輪
「大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。物と人に慣れていなくて」
その時ギルバードの腹が小さく鳴った。
「いや、これは失礼。俺、よく腹がすくんです。すみませんが、そこの露店で何か買ってきてもいいでしょうか?」
アイリーンが小さく笑った。
「ええ、どうぞ。私にも何か飲み物をお願いします」
「わかりました!」
ギルバードが露店に駆けて行くのをアイリーンは懐かしい気持ちで見送った。その足元に柔らかな感触がしてベンチの下を見た。すると、そこには埃だらけの黒い子猫がいた。
「あら、ここ、あなたのお家だったの?」
猫は小さくにゃあと鳴いた。アイリーンが手を伸ばすと猫はそっと身を寄せてきた。
「人馴れしているのね。誰かに飼われていたのかしら? あら、鉄の輪?」
子猫の首は窮屈そうな鉄の輪がつけられていた。猫はしきりに輪を外してほしそうにアイリーンにこすりつけてきた。
「何か刻まれてるわね。 でも首輪には見えないし、サイズが合わなくて苦しそう。それにこの国の言葉じゃないみたい……」
アイリーンはちらりとギルバードを見た。まだ時間がかかりそうである。そこで魔導書とペンを取り出し、『鉄の輪よ、外れろ』と素早く書いた。するとぱきりと脆い音を立てて、猫の首輪が壊れた。猫は嬉しそうにアイリーンの膝の上で丸まった。アイリーンが鉄の輪を見てみると不思議な文様が刻まれていた。
「名前とかじゃなさそう。東大陸のもの? それとも……」
「アイリーンさん、お待たせしました!」
サンドウィッチとコーヒーを二つ持ったギルバードが戻って来た。
「コーヒー飲めますか? あれ、その猫どうしたんですか?」
「あ、さっき、このベンチの下で見つけたんです。この鉄の輪が付いていたんですけど、苦しそうだったので外してしまいました。けれど、名前ではなくって」
「そうですか……」
ギルバードは手の中の小さな鉄片を手の中で転がした。その後、子猫に向き合った。
「ん、どうやら俺と同じく腹が空いてるらしいですね。ハムなら食べれるかな?」
そう言ってギルバードがサンドウィッチからハムを一枚引っ張り出すと、猫はふんふんと匂いを嗅いで食べ始めた。
「この子、痩せっぽちですね。こんなに小さいのに親とはぐれたのでしょうか?」
「どうでしょうね。スタンフォード家は家族仲が良いんですね」
「そうですね。良くしてもらっています。私には身に余る幸せです」
「……? それって、もしかして……」
「ええ、養子なんです。両親は事故で五歳の時に亡くなりました。それから、孤児院にいた私をトーマス父さまが引き取って下さったんです」
「それは……寂しかったでしょう」
「私は、実は狡い人間なんです。父さまもママもエド兄さまもジーン兄さまも良い人過ぎて未だに打ち明けられずにいます」
「言えないことがあっても、いいじゃないですか。大丈夫です。血が繋がってなくても、家族なら受け入れてくれます……俺の母も流行り病で死にました。貴族の妾で、本家に身の置き所が無くて、こうして暮らしています。父とも異母兄とも疎遠なままです。だから、思います。あんなに大切に想ってくれるご兄妹がいるなら大丈夫です」
「……ありがとうございます。ギルバードさん」
「そろそろ行きましょうか」
「そうですね、あら?」
立ち上がり、歩き出したアイリーンの後ろを猫が付いて来た。
「何? 私と一緒に来たいの?」
「飼ってやったらどうですか? どうやら野良猫みたいだし」
「そうですね。ギルバードさんとお出かけしたおかげで、素敵な出会いがありました。プレゼントをありがとうございます」
「いやいや、今度改めてプレゼントを贈らせていただきます。今日のところは帰りましょう」
アイリーンは腕の中の小さな生き物を優しく抱きしめた。
お読みいただきありがとうございます。
次回「和やかな夕餉」をどうぞよろしくお願いします。




