息抜き
アイリーンの仕度には時間がかかった。
まずフェイスが出かけると聞いて驚いてよろめいた。
身支度を済ませて玄関に行くと兄たちが現れた。出かけると知るとエドワードが大声を上げて、ユージーンは熱でもあるんじゃないかとアイリーンの額に手を当てた。アイリーンが小さいながらも必死に自分の意志で出かけたいのだと伝えると二人はさらに困惑した。どこの馬の骨とも知らない男と二人で出かけるのはとか外にほとんど出たことの無いアイリーンにとって街は危険すぎるとか言い募った。しかし、アイリーンの決心は変わらなかった。
「エド兄さま、ジーン兄さま、このまま家にいても小説を書くことができません。それでは約束を破ってしまうことになります。それから、ギルバードさんがいらっしゃれば私は大丈夫です。そうですよね、ギルバードさん?」
成り行きを見守っていたギルバードは友好的な微笑みを湛えて二人を見つめた。
「アイリーンさんは必ずお守りします」
「本当か?」
エドワードが強い視線で睨みつけてきた。
「え、ええ。この命に代えても」
チッとエドワードが舌打ちした。
「僕も仕事が無ければついていけるんだけど、今日はこれから用事があるんだ。ギルバードさん、アイリーンをよろしくお願いします。でも、アイリーンが可愛いからって手を出さないで下さいね?」
にこやかなユージーンの瞳は笑っていなかった。ギルバードは乾いた笑いでそれに答えた。二人の兄から逃れて、アイリーンとギルバードは馬車に乗って都の中心街へとやってきた。
馬車を降りてアイリーンは沢山の人々を見て、少々怖じ気づいた。ギルバードは杖をついていない片方の手でアイリーンの手を握った。
「大丈夫ですよ、アイリーンさん。迷子にならないように手を離さないで下さいね」
「は、はい。わかりました」
赤面するアイリーンを見て、ギルバードは微笑ましく思うと同時に扱いに困ってしまう。
「アイリーンさんは十六歳でしたよね?」
「そうです。ギルバードさんはおいくつですか?」
「俺ですか?いくつに見えますか?」
「え、えっと、二十二歳でしょうか」
「答えは二十四歳です。アイリーンさんと八つも離れていますね」
本当は二十歳なのだが、ギルバードは平気な顔をして嘘をついた。任務上この純粋で無垢な少女に必要以上の好意を持たれても困ると思った。そんなギルバードの言葉を吟味するようにアイリーンは少し返事に間を開けた。
「私は来週十七歳になるのです。だから、そんなに差はありませんよ」
「来週、お誕生日? それはお祝いしなければ。何か欲しいものはありますか? 服や帽子、お菓子や文具などどうですか?」
「いえ! そんな、プレゼントをねだったわけでは……」
「これから長い付き合いになるんです。ぜひ何か贈らせてください」
ギルバードはアイリーンの手を強く握って意気揚々と街の人混みの中へと入っていった。書店と薬屋以外ほとんど入ったことの無いアイリーンは華やかなショーウィンドウを見ているだけで目が回りそうだった。服屋に香水屋、華やかなレースにリボンに取り囲まれたところで、人酔いをしてしまった。それを察したギルバードはふらつくアイリーンを連れて公園のベンチに座らせた。
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