メイドと兄弟
このようなやり取りを経てギルバードはスタンフォード家へとやって来た。中流家庭だと聞いていたが、なかなか大きな屋敷である。しかしギルバードが住んでいる子爵家とは比べるべくもない。ギルバードは溜息を吐きつつ、ドアノッカーを鳴らした。少々時間が流れた後、ゆっくりとドアが開かれた。
「どちら様ですか?」
そこにいたのは老年のメイドだった。白髪交じりの髪をひっつめにしてエプロンドレスを身に付けている。
「初めまして、この度アイリス・グリーンさんの担当になりました、マクラグレン出版社のギルバード・キャンベルと申します。これ、お菓子です。どうぞ」
メイドは目を細めて、ギルバードを上から下まで見定めようとした。結果メイドの目にはギルバードは怪しい存在として映ったらしい。メイドは無言で戸の前に立ちはだかり、ギルバードは立ち往生する羽目になった。その時、屋敷の奥から二人の青年が現れた。
「フェイス、一体どうしたのかな? お客様?」
「エド坊ちゃん。ジーン坊っちゃん、こちらは出版社の方だそうですが……」
「坊ちゃんはやめてくれよ、フェイス」
エドワードが黒髪をかき上げながらぼやいた。ユージーンは苦笑いしながらギルバードの方を向いた。
「ああ、そういえば、そんな手紙が来ていたね。君がアイリーンの新しい担当か」
「ギルバード・キャンベルと申します」
「なんか、出版社の人らしくないなぁ、あんた。出版社の若いやつが杖なんてつくか?」
「そうだね。身なりといい、身のこなしといい、貴族か上流階級の人間みたいだ」
ギルバードは内心ぎくりとした。一応、一般の衣料店で服を一式買って着込んできたが、士官学校で見に染み込んだ動作の一つ一つはどうしようもない。しかし、騎士団長から騎士であることを明かすなと念を押されている。ここで任務を失敗させるわけにはいかない。
「遠戚に貴族の方がいまして、礼儀作法などはそこで習いました。あと、体術を少々嗜んでいます。杖は父の形見でして」
「それがなんで出版社なんかに?」
「あ、アイリス・グリーンさんの『水面の向こう側』に大変感銘を受けまして! ぜひ、作品のお手伝いをしたいと思い、入社しました!」
ちょっと苦しい言い訳かと思いながらも、ギルバードは必死に取り繕って笑顔を浮かべた。空笑いを続けていると、ギルバードの肩が強くがしっと掴まれた。
「そうか! アイリーンの作品にそこまで熱い思いを持っていてくれたとは!」
「まあ、アイリーンの作品はどれも素晴らしいから当然ではあるよね」
エドワードとユージーンは納得した様に深く頷いた。その表情は誇らしさと愛情にあふれている。
「仕方ない。我が最愛の妹との面会を許可しよう。フェイス、お連れしてくれ」
「かしこまりました」
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次回「邂逅」をどうぞよろしくお願いします。




