村は何処
私を助けてくれたメディを今度は私が助ける。
パンドラからもらった指示は「ポポアが魔力探知を使えないのでデスと一緒にメディが埋まっている場所に行き、なるべくメディを引きずらないで帰ってくることだった。
「頼んだぞ、お前達」
「うん!」 「分かっている」
急いでメディを助けるためにスコップをできる限り大きくし、地面まで掘り起こさないように慎重かつ素早く掘り進めていく。
「っ…重い」
たくさんの雪を一度に持ち上げていることもあるのだろうがそれにしたって重い。
「晴れて雪が溶け始めてるんだろう。潰れこそしないが酸素を取り込めなくなっているはずだ、急ぐぞ」
メディのいる場所の近くまで掘り進めるとスコップを元のサイズに戻し、デスに渡す。
「ここに…いるはず!」
大体の場所までスコップで掘り、デスは深呼吸をすると雪の中に手を突っ込んだ。
「ここにいるはずなんだ…メディ様!」
感触があったのか雪の中から力強く引っ張り出すデス。
しかしそれはメディではなく冬眠をしていたオオネズミだった。
それが相当頭にきたようで木に叩きつけると手を使わずにオオネズミを木ごと切り裂いた。
「す…すごい」
「こんなもの大したことじゃない。いいからお前もメディ様を探せ」
そう言ってまた雪をかき分けていくデス。
私も冷たい雪の中に手を入れていないと分かった所はスコップで雪をどかしていった。
そして遂にメディの尻尾の一部を見つけ、私が引っ張り出すとメディは意識を失っており、凍ったように肌が冷たくなっていた。
「息はしてるな…お前は上半身を持て、デスは下半身を持つ」
身体を引きずらないように持ち上げ、時々「歩くのが早い」だとか「あまり揺らすな」とか文句を言われたけれどなんとか城まで運ぶことができた。
「意識が落ちたまま風呂に入れるのはまずい…がストーブが焚けるほど薪があったか?」
「ちょっと見てくる!」
ベッドの上に乗せて布団で包ませると私は急いで外に出てストーブ用の薪を確認すると量はあるが乾燥しきれていないものが多く使えそうにない。
「デス!見てきたけど薪が乾燥しきってないよ!」
「ちっ…なら体温が安定するまで寝かせておくしかないな…風呂でタオル濡らしてこい。布団を顔に巻くわけにはいかないからそれで温める」
手を拭くためのタオルを着替え室の棚から取り出してお湯につけて絞り、風邪をひいた時のようにメディのおでこに乗せる。
「これで大丈夫だといいんだが…ポポア、魔王がうるさいからこれ以上お前を責めない。だが次こんなことがあったらデスは必ずおまえを殺す」
デスはこちらをずっと睨んだままベッドの影に溶け込むように消えていった。
メディがいつ起きるのか、このままずっと起きないのか不安で私はずっとメディの側にいた。
タオルが冷たくなったらお風呂に行ってまた絞ってメディのおでこの上に乗せ、椅子に座ってメディが起きるのをただ待った。
起きたら謝らなくちゃいけない。「ありがとう」と言わなくちゃいけない。
寝ないように椅子をベッドから遠ざけているのだしお腹が減っているのも我慢する。
こくり、こくりと頭が上下に動いているけど眠くない。
瞬きが段々ゆっくりとなってきているのもきっと気のせいで、前のめりに倒れそうになっているのも…
床に顔をぶつけそうになったとき、体を支えてくれたのはメディの尻尾だった。
「よっと…折角の可愛らしいお顔を傷つけるわけにはいきませんからね。ここまで運んでくださってありがとうございます。デスもいるのよね?」
「はっ。意識が戻り本当に良かったです。ひとまずお風呂に入って体を温めてください」
「そうするわ。デスも無理しないでこの子みたいに寝てもいいのよ」
涎を垂らして寝ている私を見て嫌悪の視線を向けるデス。
「メディ様は…何故こいつに優しくするのですか?見た目ですか?人間だからですか?境遇ですか?魔王にそうしろと命令されているからですか?」
俯いて拳を震えるほど強く握っているデス。
メディは震えるデスの拳に手を重ねて「全部含めてです」と答えると私をベッドに寝かせてお風呂に向かっていった。
「理解ができない…こいつが世界を変えられるとも…」
デスは部屋を出ていき、今度は影に溶けず自分の足で部屋へと戻っていった。
しばらくするとお風呂からメディが戻り、私が起きるとメディは鏡の前に座って髪を整えていた。
「メディ!」
意識が戻った嬉しさで飛びつく私を正面から受け止めてくれるメディ。
「ここまで運んで、ずっとそばにいてくれたんですよね。ありがとうございます」
「ありがとうなんて私が言わなきゃいけないのに…それとごめんなさい」
「何故謝るのですか?ポポアさんは悪いことはしてませんよ」
「だって私があそこで寝なければメディが雪に埋もれることはなかったんだし、みんなにも迷惑かけちゃった…」
「みんなということは魔王様達も私を探してくれたんですね。とにかくポポアさんは雪の恐ろしさを知らなかったのですから今回のことは仕方がありませんでした。と言えば納得してくれますか?」
納得するわけがない。知らなかったから他の人が命の危険に晒されても仕方ないで済ませられるほど私は馬鹿じゃない。
「まぁあなたじゃ納得しませんよね…じゃあこうしましょう」
メディから言い渡されたのは二つ。
一つは明日からは万全な準備をして城の裏の方の森から出た所から真っ直ぐに進み村、もしくは町があったら情報収集をしてくること。
二つ目は魔物と出会った場合できるだけ暴力を振るわず相手が穏やかな性格だった場合魔王であるパンドラの所にリーダー格である者を連れてくること。
食料調達はまだ保管室に十日分ほどの食料が残っているから心配はいらないとのことだった。
「私は城の掃除などしなければいけないので誰かと一緒に行ってほしいのですが…パンデモニウムが適正ですね」
翌日、城の外に出ると待っていましたと言わんばかりにヴィオラというバイオリンみたいな楽器を専用のカバンにしまって片手に持っているパンデモニウムの姿があった。
「おはよぉございますお嬢さんっ!このパンくん昨日は演奏する相手がいなくて退屈の極みでございましてね!」
「おはよぉ…ふわぁ…朝なのにテンション高いねぇ…というか自分のことパンくんって呼ぶんだ」
「自分のことを俺だとか僕だとか言っていると相手に名前を覚えてもらいにくいですからね。かといって一々パンデモニウムという長い名前を言うのも嫌ですし親しみやすいようにパンくんなのです!]
「そっかぁ。じゃあパン君、今日はよろしくね」
「こちらこそですお嬢さん!」
お嬢さんと呼ばれるのにはまだ慣れていないけどなんだかお金持ちの女の子みたいな気分になるので悪くない。
早速城の裏の方から森を抜けると昨日と同じであたり一面真っ白で私はスコップを巨大化させた。
「う~んさすがですねぇ。ですがそれだと力がすぐになくなってしまうので私の演奏で体力を倍増させましょう」
私が雪を掘り進めていくとパン君がカバンからヴィオラを取り出し、演奏を始めた。
最初のうちはただ楽しい気分になっていただけだったが不思議と昨日メディを探していた時より掘り進める速さは全く違う。
気づけば森が見えなくなる場所まで掘り進めていた。
「大分遠い場所まで来ましたね。おや、あそこに見えるのは魔物ではありませんか?」
パン君が指をさす方を見ると雪と同じ色で見にくくはあるけれどギリギリ二本足で歩いている大きな何かがいた。
「あれ…ゴリラじゃないの?」
「ゴリラではありませんよぉ。ゴリラはあんなに大きくはありませんしこんな寒い場所には生きられません」
せっかく見つけたのだし挨拶くらいしておこうとびっくりさせないようスコップを小さくして大きな魔物に近づいていく。
近くで見ると私の三倍くらいはあるんじゃないかというくらいには大きい魔物で私が呼びかけるとこっちに気づいた。
「おでの縄張りに来るとはいい度胸だなぁ。何もんだおめぇら」
縄張りということは近くに同じような仲間はいなさそう。
「私敵じゃないよー。迷ったんだよー」
「おやおや迷ってしまったのですかぁ!?まだ掘った道は埋まっていないですし今なら帰れますよ!」
打ち合わせをしなかった私がいけないのだろうか。
「けぇるってことはおでの縄張りだと知ってるってことだな!見たことねぇやつだけどおではおめぇらみたいにちっちゃいやつには負けねぇぞ!」
大きな体から振り下ろされる大きな拳。私が受け止めてくれると信じているように何もしないパン君を盾にしようかとも考えたけど可哀想なので私は片手を上げて魔物の拳を受け止める。
「うおぇ!?」
「戦う気はないんだって。パン君もそうだよね?」
「ええ。何しろパン君は戦えませんからね。演奏をするくらいしかできません」
「う、うそつけ!そう言っておでを騙すつもりだろ!大体、おでになんの用なんだ!」
「用っていうか教えて欲しいことがあるんだけど…近くに村とか魔物が集まって住んでるところってない?」
「教えてどうすんだ」
「情報が欲しいのと魔王パンドラは他の魔物と会いたがってるみたいなの。全員とはいかないけど偉い人が一人行くといいかもしれない」
「ま、魔王パンドラだぁー?こんな場所にくるわけねぇ!」
ついこの前まで町の近くにいたけど城ごと転移したと言っても理解してくれそうにない。私も言われたら理解できないし。
とはいってもこの魔物から色々な事を聞かないとまたしらみ潰しに村を探さなきゃいけなくなってしまう。
「疑うのも仕方ありませんねぇ。ですが転移魔法がまだ決まった場所に移動できないというのはあなたもご存知でしょう?」
私は知らなかった。転移魔法というと魔法使いが少しの魔力で好きな場所に行けるものだと勝手に思っていた。
「そりゃそうだけどよぉ…そうだとしたら城はどうすんだよ?まさかこんな雪ん中で今頃凍えてるのか?」
「いえいえ!魔王様は自分の城を大切にされる方ですから我々の魔力を使って城とその周りにある森ごとこの近くに転移されたんです。魔力を膨大に使用するため多用はできないんですがねぇ」
「城ごとでここに来たのか、ならおでの縄張りに知らずに来ても仕方ねぇなぁ。疑ってすまねぇ、おで達は家族で集まりはするけど集落とかそういった集まりはしなくてよ。人間の村ならあっちにあるぞ」
魔物が指さす方には何も見えないけどきっとそっちの方向に村があるのだろう。
「いんやぁそれにしても変わった魔物もいたもんだなぁ。見た目は人間のチビだってのにおでより力が強ぇとはなぁ」
「うぇへへ…教えてくれてありがとね!」
魔物に見えなくなるまで手を振って私はまたスコップを巨大化させた。
「魔物と言われた時、否定しませんでしたねぇ」
「うん。だって私が人間だって言ったらまたややこしくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「それもそうですなぁ!勉強を教えたメディがここにいればきっと大喜びしていますよ!」
「そーかなー!」
嬉しくなって掘り進める手が早まる私。
まだ村は見えそうにないけれど、ここで出会える人がどんな人なのだろうという期待をして掘り進めるのだった。