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薄命輪廻の転生者  作者: 神殿真
第一章
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第七話 煌めく刃

 咆哮が鳴り響く。

 大熊は随分と興奮している様子だった。こちらを完全に捕捉すると、周囲の木々を粉砕しながら威嚇する。

 その姿を見て、魔物と断ずることの出来ない人間はいないだろう。

 この世界の獣は、地球にいた獣たちとそう大差ない。たまに食性が全く違うものがいたり、地球では絶滅していた生き物がいたりはするが。大きさや形など、見た目は基本的に同じだ。

 しかし、()()()()()()()()は、巨猪が幾つもの眼球を持っていたように、本来の獣より異質な姿に変容しているものをそう称している。

 今回の大熊の特徴は、まずその大きさ。

 この世界の一般的な熊より一回り大きい。巨猪と大差ないサイズだ。

 そして、その容貌は、眼が一つだけしかなく、眉間辺りに付いている。そして、口が通常の熊よりも大きく裂けており、頬にまで牙がずらりと並んでいた。

 咬まれればひとたまりないだろうことは想像に難くない。

 その他にも爪が乱雑に生えていたり、体毛が針金のような鋭さを持っていることなど、細かいところにもいくつか相違点がある。

 何よりも重要な特徴が獰猛であること。

 魔物は食事目的以外でも、周囲に生物を見つけると襲いかかる習性を持つ。魔物と認定されている種は例外なく、その恐ろしい性質を保有していた。

 つまり、この大熊もまたその習性を持つ。

 それは、出会ってしまえば、戦闘は避けられないことを示していた。


「俺ができる限り相手するから、エイドさんは隙を見て攻撃してくれ」


「了解。いつものだな」


 魔物と正面をきって戦うことは基本的に推奨されない。

 魔物の方がまず間違いなく身体能力が上だからだ。

 そのため、これほどの大物になると、それなりの準備が必要だ。

 罠にかけ、動けなくしたところを襲うのが一般的である。

 しかし、今からそんなことをしている暇はない。

 また、迂闊に逃げ出せば被害は免れないだろう。

 だから、危険と分かっていながらアレクはその役を買ってでる。

 そして、その役を最も全うできるだけの実力が自分にある自信があった。


「ソルン。他の人たちを連れて後方待機」


「りょ、了解っす! いつでも逃げられる準備をしとくっす!」


 最低限のやりとりでお互いの配置に就く。

 非戦闘員も怯んだのは一瞬で、自分の持ち場に就き、自分達にできる最大限を用意する。


「行くぞ」


 アレクが戦闘開始の合図をする。

 それに合わせたかのように大熊も行動を開始した。

 青々とした大木を容易に粉砕する拳がアレクに向けて振るわれる。

 自分と大差ない重量の剣を背負いながら、アレクはその一撃を易々と避ける。

 そのまま懐に入り込み、抜刀の勢いのままに袈裟に斬り付けた。


「堅いな」


 刃は間違いなく魔物の皮膚をなぞりつけた。

 にもかかわらず、出血する様子はなく、体毛を少々刈り取っただけだった。


「後方の奴は、投石もしくは弓で眼球を狙え」


 エイドはその様子を見てサポーターたちに即座に指示を出す。

 アレクの一撃で大した傷を付けられなかった時点で、その身体に武器によって負傷を負わせることは不可能と判断したのだ。

 遠距離から最も柔い部分を狙い打つことで、少しでも負傷を狙う。

 負傷にまで至らずとも、視界を奪い、行動を阻害することでアレクを動き易くさせられる。

 その狙いは見事的中し、大熊は眼球を守るため、顔を覆うことに前足の使用を余儀なくされた。

 当然その隙を逃すことなく、アレクとエイドは攻撃を加える。


「全然刃が通らねぇ」


「やっぱり顔にぶち込むのが一番っぽいな」


 二人で情報を共有しながら、攻撃を重ねていく。

 アレクが大剣を凪ぎ払い、エイドが片手斧(ハンドアクス)を猛り振るう。

 大熊の一撃は散漫で二人に当たることはないが、二人の攻撃もまた大熊に通らない。

 しばらく膠着した状態が続く。

 そんな状況に一風吹かせたのは、ソルンたちサポート側だった。

 誰かの投石が大熊の前足を偶々すり抜け、投石が眼球へと直撃したのだ。

 流石の大熊も、その痛みに顔を抱えるようにして動きを止めた。


「しゃらっ!」


 怯んだその隙を逃さず、掛け声と共にエイドが片手斧を振り下ろす。

 魔物の左前足に叩きつけられたそれは、この戦闘で最も大きな傷を負わせ、深々と刺さった。

 確かな手応えにエイドが喜んだのもつかの間、それが致命的なミスであったことに気付く。


「抜けねぇ!」


 刺さった片手斧は大熊の強靭な筋繊維に絡めとられ、全く動かなくなってしまった。

 それは決して狙い行われた技ではなく、魔物の本能によって起きた現象だった。

 そして、予想もしていなかったことに気をとられ、エイドは大熊の行動に反応が遅れてしまう。

 大熊は刺さった斧が傷口を荒らすことなど気にも留めず、それを掴んだエイドごと振り払ったのだった。

 武器を放すのが遅れたエイドは、砲弾の如く吹き飛ばされてしまう。

 人力では決して出せない速度のまま、付近の樹木へと叩きつけられた。


「ーーっ!」


 声にならない悲鳴を上げる。

 樹木がへし折れるほどの衝撃をその身に受けてしまい、エイドはすぐさま立ち上がれない。

 その好機を魔物の本能が逃すはずもなく、大熊はエイドへと突進する。


「ち、くしょ……」


 誰もがエイドの死を確信したその瞬間。

 アレクは大熊の進路に乱入し、剣の腹で迎え入れた。


「んなっ!?」


 サポーターの誰かから驚愕の声が漏れる。

 アレクは自分より二回りは大きい生物の突進を真っ向から受け止めて見せた。

 両足の接地している部分のめり込み具合から、その衝撃と破壊力が手にとるように理解できた。

 だからこそ皆の脳は現状の把握を拒んだ。

 人間ではありえないと。

 しかし、アレクはそれを可能にした。これまでの鍛練と才覚によって。


「ォオオオオオオ!!!!」


 アレクは雄叫びを挙げながら大熊を弾き返す。

 さらには剣を振るい、その切っ先で大熊の胸を切り裂く。

 決して深くはない。しかし、確かな傷を与え、そこからは間違いなく魔物の血液が滴り始めていた。

 ただ受け止めるだけでなく、反撃までしてのけたアレクに全員が絶句する。救われたはずのエイドですらどちらが魔物か分かったもんじゃないと思う始末だった。


「ソルン! 網を頼む!」


「……! 了解っす!」


 止まった思考をアレクが檄により回転させる。

 アレクの指示を即座に理解したソルンは準備を進める。周囲の人間もその手伝いに回る。

 大熊はエイドから、新たに傷を負わせたアレクを標的に変更し、その両前足を振り回す。

 それを軽快に回避しながら、アレクは狙いの場所まで大熊を誘導する。


「準備オッケーっす!」

「了解!」


 ソルンの声に応じながら、アレクは彼の元まで全力で走る。

 大熊もまたそれに追随し、四足で疾走し始めた。

 アレクの速度も大したものではあったが、当然の如く、魔物には勝てない。

 ソルンは二本の大木を目印とした百数十メートル先に立っており、間に合うかどうか絶妙な距離だった。

 死にもの狂いで全力疾走するも、次第に距離を詰められていく。

 そして、その牙がアレクを噛み砕くまであっと一歩というところで。

 アレクは速度を落とすことなく、スライディングをした。


「よいしょお!」


 それに合わせてソルンは罠を発動させる。

 ソルンが使用したのは、魔物を捕縛するための網だった。

 ただ投げつけるのではなく、周囲の自然を利用して展開させたそれに、大熊は反応できず最大速度(トップスピード)で突進してしまう。

 魔物用に編み込まれた網は大熊の突進を受けてなお、千切れることなくその身を受け止めた。

 その網を結びつけられた二本の大木もまたその身を軋ませながらも何とか耐えてくれた。

 大熊は勢いを殺されながら、尚もアレクに向かって進もうともがく。

 その様を確認し、アレクは息を切らしながら、整った環境に口角を上げる。

 仲間たちのおかげで揃った勝利の欠片。

 その最後の一欠片を埋めるため、アレクは武器を構える。

 それは今までのように自然な構えではなく。

 手に持った大剣を前方へと突き刺すための構えだった。


「ソルン。合図を出したら網を緩めてくれ。それで決める」

「了解っす!」


 ソルンの返事が鼓膜を震わせたあと、アレクは集中を一気に高める。身体と剣が一体化するような感覚を味わいながら、もがく大熊へと視線を向ける。

 アレクの大剣には、それほど切れ味は備わっていない。

 どちらかというとその重量によって強引に引き裂くことに特化している。

 しかし、唯一、他の名剣にも劣らない鋭さを有している部分がある。

 それが刃の先端、切っ先の部分だ。

 元々大猪が獲物を狩るために使用していた牙から造り上げられたこの剣は、その鋭さを損なわずに出来ていた。

 そのため、この剣による刺突はアレクの技量も相まって、絶対の一撃と化す。鋼であろうと大穴を空けられる自信があった。

 だが、隙もまた大きい。刺突剣(レイピア)のように刺す前提で設計された剣ではないため、突きを放ったあとの隙については考慮されていない。

 この重量の武器を狙った場所に真っ直ぐ突き刺すのは至難の技なうえに、突きを放ったあと元の体勢に戻すには時間がかかる。

 その隙を魔物が逃すはずもない。

 そんなハイリスクハイリターンな技であるうえに、今回狙うのは大熊の眼球。

 人間の両目に比べれば拳ほどある眼球はかなり大きいと言えるが、突きで狙うのはそう簡単なことではない。ましてや動きがある以上、さらに難易度は上がる。

 しかし、そこ以外に当たれば、一撃でこの魔物を葬ることができない可能性が高い。もしこの一撃で倒せなかった場合、次はアレクに絶死の一撃が放たれる。

 改めてアレクは集中する。

 己の命と、これまでの鍛練を刃に投影しながら。

 息を飲み、唾を飲み込み。

 そして、合図を送った。


「今だ!」


「はいっす!」


 合図と同時に網が緩む。

 全力で突っ込んでいた大熊は、虚を突かれ、体勢を崩しながら前方へと倒れ込む。

 まだ突進の勢いを残している魔物に、アレクは全力で踏み込む。

 そして、大熊の眼球へと、剣を突き出した。


「グモオオオオオ!!!!」


 見事眼球に的中した切っ先は、そのまま大熊の頭蓋へと突き進んでいく。

 大熊は悲鳴を挙げながら後ずさろうとするも、今までの勢いは簡単には殺せない。

 慣性の力がさらに刃を奥へと潜り込ませていく。

 しかし、剣は間違いなく脳にまで達しているはずなのに、大熊は尚も足掻く。

 網が絡み付き動かない右前足の代わりに、鮮血に染まる左前足を振り上げ、アレクに向かって振り下ろす。


「させねぇよ!!」


 確実に命を奪うはずだったその一撃は、エイドによって遮られる。

 振り下ろしに合わせて放たれた片手斧による斬擊は、すでに半分程引き裂かれていた左前足を完全に切断した。


「ーーっ!!!!」


 前足を失った怒りに咆哮を挙げる大熊。

 それに負けじと雄叫びを挙げながら、アレクは剣をさらに押し込む。

 剣の半分以上が大熊の頭蓋へと吸い込まれた。

 それにより大熊の咆哮は次第に悲鳴へと変化していく。

 そして、アレクの大剣が完全に頭部を串刺しにしたところで。

 大熊の魔物は、生命活動と共にその悲鳴を止めたのだった。

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