第三話 惨状にて
村は蹂躙された。
畑は荒らされ、果樹はへし折られた。
十数人の死傷者も出た。
むしろ、十数人で済んでいるのがアレクには奇跡に思えた。それほどまでに魔物の驚異は凄まじいものだったから。
巨猪に襲われたとき、アレクは何もできなかった。ただ呆然と突っ立ったまま、暴れまわる姿を傍観しただけ。
破壊された木々や家屋が周囲に飛散し、突進された人間が千切れ飛ぶのを目撃しながら、何もできず、固まったまま。近所のおじさんがアレクを抱えて逃げるまで、立ち竦み続けた。
巨猪はある程度暴れたあと、気が済んだのか、また別の目標ができたのか、何処へと去っていった。多くのものに傷跡を残して。
そんな災厄に見舞われた次の日。
アレクは今日も水を汲みに行く。
昨日よりも深い絶望を背負いながら。
「なんだよあれ……」
川へと向かいながら絶望が唇を震わせる。
何もかもが想定外だった。
転生した先が異世界であったこと、そこに魔物なんて存在がいること、そしてそれを簡単に討てるような魔法なんてないこと。
そう、魔法なんて存在しない。
あれだけの化け物がいながら、この世界にはそういった救済措置が存在しない。
勇者もいない。
一応、討伐者と呼ばれる、魔物の討伐を生業としている人たちは存在する。あの巨猪も討伐者によって狩られることになるだろう。
しかし、彼らに特別な力があるわけではない。
罠を仕掛け、毒を盛り、弱らせてから討つ。
現実の狩猟と、そう変わらない内容をより大きなリスクの元で行っているだけだ。
つまり、この世界は前世よりも過酷で。
それは、アレクにとってあまりに残酷なことだった。
前世ですらただ生きることに耐えられなかった彼にとって、ただ生きることすら厳しいこの世界では、幸福な未来を想像することさえままならない。
ゲル化した絶望に心情を搦め捕られ、俯きながら汲まれた水を運んでいた。
そんなとき。
「ガキのくせに随分辛気臭い顔してんなぁ、お前」
不意に、声を掛けられる。
顔を上げ、声の方向に目を向けると、そこには一人の男。
昨日話しかけてきた近所のおじさんとよく似た雰囲気を放つ、壮年の男性だった。
「……ごめんなさい」
また、思わず謝ってしまう。
アレクにとって、年上の人間との挨拶は謝罪になりつつあった。
「謝んなよ。若いんだからもっとシャキッとしろ」
昨日と同じようなことを言われてしまう。
具体的にどのように振る舞えばいいのかアレクには分からないが、それを問う気もなければ、教えてもらったとしてもそう振る舞える気もしなかった。
返答もできず、また俯いてしまうアレクに、男はそのまま会話を続ける。
「派手にやられちまったな」
村の惨状を眺めながら、男は呟く。
その表情はどこか哀愁を感じさせた。
「……どうして、直すんだろう?」
返答のつもりではなく、偶々漏れた疑問。
破壊された家屋の修復や荒らされた畑の耕作。散々な現状を様々な方法で必死に直している人たちを目にして、脳内に浮かんだ問い。
それに対して男はあっけらかんと答える。
「壊れたら直すだろ」
あまりにシンプルな返答に、アレクは思わず問いを投げ掛ける。
「また、魔物が来るかもしれないのに?」
また破壊されるかもしれない。せっかく作った作物も荒らされるかもしれない。今回の被害で、今さら作り直したって間に合わずに餓死するかもしれない。どれほどの蓄えがこの村にあるか分からないが、そう多くはないだろう。
それでもなお、諦めずに直そうとする意味が、アレクには理解できなかった。
それでもなお、生きようと足掻く理由が、アレクには納得できなかった。
けれどそれに対する解答もまたシンプルで。
「また魔物が来るかもしれないから、直すんだろ。今度は壊されないようにさ」
そんな、ごく当たり前な内容だった。