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薄命輪廻の転生者  作者: 神殿真
第二章
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第二十五話 お前が欲しい

 声が、聴こえた気がした。


「グレイ様」


 甘く、そよ風のような声。


「グレイ様!」


 付き従う者の焦ったような声。


「「グレイ」」


 優しく包み込むような声。


「「アレク」」


 そして、誰(・)か(・)が、誰(・)か(・)を呼ぶ声。

 呼び止めるような、諌めるような、そんな声がして。




 どうしても、手が止まってしまう。


「っ! クソッッ!」


 瞬時にその場を離れ、追撃を火炎で防ぐ。

 確実に殺せた。

 間違いなくその命を奪えた。


「どうしてだ! どうして止まる!」


 あの盗賊たちを皆殺しにしたように。

 魔物たちにそうしてきたように。

 ただ目の前の敵に刃を振り下ろし、切り裂けばいいだけだ。

 それだけでいいはずなのに。

 黒髪の少女を、切り裂けなかった。

 その命を奪えなかった。

 グレイには不可能だった。


「そうよね、あなたはそうよね」


 亡霊は告げる。


「あなたはこの子を愛してしまっているのだから。だから、殺すなんて無理よね!」


「ッ!」


 その言葉で、グレイの胸に痛みが走る。

 必死にその言葉を否定する材料を探す。

 それを認めてしまったら、彼が今までしてきたことの前提が崩れてしまう。

 大切なものは全て前世に置いてきてしまった。

 それを取り返すためなら何でもする。どんなことでもやってみせる。

 そのために、動物を焼き、人を燃やした。

 誰よりも火の熱さを知りながら、誰よりも炎の痛みを体感していながら、それを利用してきた。

 全ては、全てを取り戻すために。

 この世界に在るものなど、全てそのための利用材料。


 そう誓った。


 そのはずだ。


 なのに。


 切り捨てようとする度に、沢山の顔が浮かび上がってくる。

 優しい両親が、愛おしい弟妹が、面白いリージャとフロナが。

 謙虚で、真面目で、従順で、綺麗で、素敵なフィーナが。

 何よりも愛してしまった少女の笑顔が、脳内に浮かび上がり続ける。


「違う! 違う違う違う違う違う違う!」


 発狂したように、グレイは否定する。


「違うんだ、違うんだよ、違うんだって」


 頭を抱えてグレイは何度も何度も否定する。


「だって俺は」


『グレイジアルド=アスタルテ』のはずで。


「俺はアレクだ!」


 けれど、『アレク』だった。

 間違いなく、『アレク』だったのだ。

 痛みが吹き出してくる。

 胸に隠れていた腫瘍が遂に破裂した。

 溜まりに溜まった感情が痛みになって爆発する。

 痛みの正体。

 それは、前世を忘れさせまいとする『アレク』によるものだった。

 巨猪の牙で造られた剣が、何度も胸を刺す。

 あの化物に、確かに空けられたはずの大穴が、塞がりかけていた。

 いや、とっくに塞がっていた。それを阻止しようと、何度も刺していたのだから。


「あいつらを救うんだ。そのために俺は!」


 そのために転生してきた。

 仲間を救うため。あの化物を討伐するため。

 転生し、誓ったはずの想い。

 それはこの世界での生活で、次第に薄れていた。

 穏やかな屋敷での生活が、優しい人たちに囲まれた毎日が、怒りと憎しみを、努力の原動力を損なわせていた。

 前世と同じくらい大切なものが、出来てしまった。

 それを認めてしまえば、頑張る必要がなくなってしまう。

 仲間たちを見捨てることになる。

 それだけはできない。

 でも、もうこの世界の大切な人たちを切り捨てることもできない。


「俺は……俺は!」


 グレイは咆哮する。

 誓いとの矛盾が、彼の内側を焼き尽くそうとしていた。

 そんな彼の内面に反応し、火炎が周囲を埋め尽くす。

 グレイを中心に、無造作に炎を生み出していた。


「あらあら、壊れちゃった?」


 感情の整理がつかず、何もかもを否定する。

 その様は正に壊れていると表現できるだろう。

 魔力が切れるまで炎を撒き散らす、壊れた何か。

 自分が何者なのかも、分からない。

 このまま炎に飲み込まれてしまおうか。

 そんな思考に至りかけたとき。


「グレイ!」


 大切なものの一つが、彼を呼ぶ。

 グレイの心を反映したような炎の壁を、強引に突き抜けて、彼の元へとリージャは向かっていた。

 いくら水を纏っても青の魔法では温度を下げられるわけではない。

 身体中に火傷を負いながら、グレイの胸ぐらを掴む。


「何いってんだよ! グレイ!」


 虚ろな眼をした主人に檄を飛ばす。


「君が何言ってるか分からない! 君が何を背負っているのか僕は知らない!」


 リージャにはグレイの発言がどういう意味なのか、全く分からない。アレクが何なのかも、どうして今苦しんでいるのかも。


「でも、君はグレイだ! グレイジアルド=アスタルテだろ!」


「っ!」


 それでも確かに知っていることがあった。

 それはリージャにとって、グレイは『グレイ』でしかないこと。

 そして、グレイであれば。


「君は、どんなことだって出来ちゃうんだろう! なんだって救えるだろう? だって君は……」


「グレイジアルドだから、か」


 炎が消える。

 過度な熱さの中、何度も叫び、意識が朦朧としているリージャを支える。

 従者の想いは、確かに届いた。

 グレイは瞳を閉じ、思考を整理する。


 壊すために努力をしてきた。

 奪い取るために戦ってきた。

 仲間を守るためと言いながら、本当はただあの化物を討ちたかっただけだった。

 憎しみだけが原動力だった。怒りこそが推進力だった。

 けれど、もうそれは自分の中には無い。

 今、心の内にある想いは。

 守りたい。

 救いたい。

 それだけだった。

 そして、それだけで本当は充分だった。

 誓いは更新される。いや、元の誓いへと戻り至る。

 大切なものを守る。前世も、この世界のものも、全て。

 矛盾は取り払われる。

 グレイは瞳を開いた。


「もういいのー?」


「あぁ、待たせた」


 退屈そうに、亡霊は欠伸をする。

 目の前の少年の雰囲気が変わったことには気づいている。

 しかし、そんなものに興味もなければ意味も見出だせない。

 どちらにしろ自分が負けることなど、あり得ないのだから。


「もう魔力もなくなっちゃったのに、戦うつもりなの?」


「諦めたら、逃がしてくれるのか?」


「まさか」


 分かりきったやり取りをする。

 グレイは先ほどの癇癪で魔力の殆どを使い果たした。

 リージャも同様で、魔力もなければ、身体中の火傷で動くだけで痛む状態だ。戦闘は期待できない。

 勝機を見出だすには、あまりに絶望的状況だった。

 そんな中、唯一の勝ち筋である大剣をグレイは投げ捨てる。


「なに? 本格的に諦めた?」


「使わないからな。お前を成仏させるのに、武器はいらないだろ」


 亡霊は不思議そうにしている。確かに少女の身体に傷をつけられない以上、刃は意味がない。

 だからといって、それ無くしては勝機も消える。

 だが、その余裕のある態度が癪に触った。

 魔法も武器も無い身で何をしようというのか。


「そろそろ、終わらせてあげるネ」


 亡霊は魔法を周囲に展開する。

 色とりどりの魔法が、グレイ目掛けて放たれた。

 それをグレイは潜り抜けていく。

 最低限の動きで、少女の懐へ入り込む。


「さっきも見たよ」


 だが、それは首もとまで刃を持っていったときと同じだった。

 それを許す程、亡霊も甘くはない。

 弾き飛ばす為の魔法を発動させる。そのまま命も吹き飛ばすつもりで。

 触れられる程の距離にいる今、避けることは不可能。

 確実にその命を奪(・)え(・)る(・)は(・)ず(・)だ(・)っ(・)た(・)。


「何!?」


 だが、肝心の魔法が発動しない。

 グレイはその隙を逃すことなく、少女の手を掴む。

 遂に捕らえたのだった。


「俺もさっき見せてもらったからな」


「まさか、魔力の固定を」


 亡霊はそこでようやく気づく。

 自身がグレイに対してやってみせた魔法と同じもの。

 なけなしの魔力を消費し、周囲の魔力を固定。魔法を発動できないようにしていた。

 自身がしたものより、規模は小さい。触れられるほどの距離に居て、ようやく効果が出る程度の小さなもの。

 だが、それを最高のタイミングで有効に使用された。

 一瞬、焦る。

 しかし、即座にそれが何の意味もないことに気づく。


「だから何!? おててを繋ぎたかっただけかしら?」


 腕を掴まれた。

 だから、なんだと言うのか。

 どうせこちらを害することはできない。

 魔力が切れると同時に魔法を叩き込む。

 それで肉塊に変わる。


「そんなわけないだろ」


 当然、策が無い筈もなかった。

 グレイは集中する。

 そして、少女の体内に流れる魔力へと意識を向けた。


「なに!? 私の魔力が!」


 亡霊は驚愕する。

 自身の体内から急激に魔力が失われる感覚を味わう。そんな経験は千年前でもなかったらしい。


「お前のもんじゃない、それはフィーナのものだ」


 グレイは律儀に訂正しながら、作業を続ける。

 少女の体内から魔力を吸い上げ、自身の許容量を超えるものを炎へと変換していく。

 それは何度も何年も一緒に鍛練した成果だった。

 フィーナの魔力流路にこべりつく形で、亡霊は身体を乗っ取っている。

 それは、魔力によって行われているもの、つまり一種の魔法だ。

 魔法は魔力がなければ発動しない。

 だから、体内の魔力が失われれば、身体を乗っ取る魔法もまた発動できなくなる。

 魔法によって生き永らえている亡霊は、消え去る。

 自身の魔力が少なくなり、追い込まれたことで見出だした最後の一手だった。

 これが上手くいかなければ、もう策はない。

 だが、初めて亡霊の悲鳴を聴くことができた。


「止めて! 辞めなさい! ヤメロ!」


 掴まれた腕を払い退けようと暴れる。しかし、その身体は身体能力だけで言えばただの少女だ。グレイの握力に敵う筈もない。

 魔法を発動させようにも、グレイが周囲の魔力を固定している。魔力を急速に回復させている今、もうそれが解除されることはない。

 何もできない。ただ魔力タンクとしての役目を果たすことしかできない。

 だが、グレイにも副作用はある。


「く、そ……」


 急速に体内に魔力を取り込むことで、吐き気を催す。

 意識がぐらつき、身体中が張り裂けそうな痛みが走る。

 魔力の譲渡は本来繊細に行われるものだ。

 それを強引に行えば、痛みとして返ってくるのも自然だった。

 そんな状況で魔法を発動し続ける。

 脳が焼き切れそうなほどに集中していた。

 表情は苦痛に歪む。

 それを慮るように。


「もう、いいんです」


 少女は諦めを勧める。


「うる、せぇ」


 それが亡霊の演技なのか、魔力を失い、意識の封印が緩んだからなのかは分からない。

 だが、どちらにしろ呑めない要求だった。


「私は、化物だから」


 構わず続けるグレイに、少女は諦めを投げ掛け続ける。

 それには少女の諦念が含まれていた。


「だから、もう、いいんです」


 少女の瞳から涙が零れる。

 その涙を見てグレイは叫ぶ。


「知らん!」


 少女の願いを切り捨てる。

 そして自分の願いを叶えるために。


「お前が化物でもいい」


 誰よりも身勝手に。

 何よりも自分勝手に。


「俺は、お前が欲しい」


 グレイジアルド(アレク)は自分の想いを叫んだのだった。

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