第十八話 魔法研究
フィーナが屋敷に来てから数ヶ月が経った。
月日と共に周囲からも認められ始め、最近では挨拶を交わせる人も増えてきた。
たかが挨拶だが、それすらもできないほどに張られていた壁は、そう簡単に崩せない。
むしろ、その壁に穴だけでも穿つくことができたのは、フィーナの必死の努力の成果だった。
無視をされても関わろうとし続ける。嫌がられても困っている人を助ける。
そうやって想いを行動に移し続けた結果が実を結んでいた。
フィーナの仕事が安定し始めたことで、グレイの魔法研究は本格的に始動した。
まずその成果の一つとして。
「ん……」
お互いを抱き締めあっていた。
「どうだ?」
「体の左側の流れが悪く感じます……」
当然それは二人の蜜月の時間などではなく、魔力お互いに譲渡し合うという魔力操作鍛錬の一つだった。
きっかけは、グレイが魔力操作の鍛練をしていたときのことだった。
一人、座禅を組ながら体内の魔力を操作していた際、フィーナが感心したように話しかけてきた。
「グレイ様は、すごくキレイな魔力をしていますね」
それは初めて聞く褒め言葉だった。
「魔力に清濁なんてあるのか?」
「魔力自体は変わらない、ですけど、流れがキレイです」
そこで初めて、フィーナには他者の魔力が読み取れることを知った。
そもそも、体内の魔力の流れを読み取るのは難しい。
血液がどこを流れているかなんて、普通分からない。勿論、生きている以上身体中に止まることなく流れていることは知っている。しかし、実際に流れているのが見えているわけではない。
それと同じで魔力自身が流れていても、基本的に知覚するのは難しい。体外に放出され、魔法として形を持つことで、ようやく自他共に知覚できるようになるのだ。
グレイジアルドは自身の魔力の流れを読み取るのが得意だった。
それは、グレイジアルドが転生者であることに起因する。
魔力のない肉体を知っている。その経験と知識が体内の魔力に違和感を持たせる。それが結果的に知覚しやすくさせていた。
この世界で十年過ごした今では、その違和感も感じられなくなっている。
おそらくこの世界で産まれた人間は、端から違和感なんて感じないのだろう。だから、グレイのように上手く操作ができない。リージャが無色の魔法を使えないのもこれが原因と考えていた。
他者の魔力すら見通すことができるフィーナの能力は希有なものだ。
そこで、フィーナに見てもらいながら、魔力操作をし、流れの悪いところを確認してもらっていた。
そして、その鍛練の中で思いついたのが、魔力の譲渡である。
魔力は基本的に体内から生まれてくる。
そのため、空気中の魔力と人間の体内で生み出される魔力は同じようでほんの少しだけ違う。
例えるなら、酸素とオゾンのように、同じ原子で構成されていても数や構造が異なるように。
内外で、魔力の性質は異なっている。
グレイは一度、空気中の魔力を取り込もうとしたこともあった。体内で生み出せる魔力量には限りがある。
別に、魔力を使いきった際、基本的に身体に悪影響はない。
魔力が生命活動に使用されているわけではないのだ。ただあるはずのものがない、という違和感は感じるため、魔力量が多ければ多いほど吐き気や悪寒などを催しやすい。
グレイの魔力量は並みだった。
魔法で身体能力も強化している分、消費は多い。そして、魔力を使い果たせば戦力は底へ落ちる。
その状況を回避するためにも、体外から魔力を摂取できれば、延々と魔法を発動させられる。
しかし、これは不可能だった。
オゾンでは呼吸ができないように、空気中の魔力をどれだけ吸い込んでも自身の魔力には変換されなかった。肺を通り、そのまま排出されるだけだ。
そもそも空気中の魔力を操作するには、自身の魔力を放出し、結び付ける必要がある。
その時点で魔力は消費されるうえに、結び付いた時点で魔法に変化してしまう。
魔法になってしまったものは体内には戻せない。
水となった魔力を体内に取り込んでも、魔力に戻り霧散するように、無色の魔法も集中を切らした時点で霧散する。その霧散した魔力は空気中の魔力と同じものだ。
そのため、空気中の魔力で自身の魔力を回復させる方法は一旦諦めた。
しかし、空気中の魔力は不可能でも、体内の魔力であれば譲り渡すことができるのではないかと考えたのだった。
その結果。
「ん……」
現在行っているような、魔力の流し合いに至った。
お互いの魔力操作の練度を高め合いつつ、戦闘の際にスムーズに魔力を譲渡することができるように、練習することにしたのだ。
お互いの身体に、お互いの魔力を流し込む。お互いの身体の、お互いの魔力を吸い込む。
この魔力の出し入れは難易度が高かった。
まず魔力を渡すには、身体が接していないとできない。空気中の魔力と反応してしまえば、魔法になってしまうからだ。
そして接している面積が大きいほど、渡しやすい。距離が近ければ相手の魔力の流れも読みやすくなる。
そのために、抱き締めあっていたのだった。
また、相手の魔力が体内に入ってくる際、自身の魔力の流れと同速でないと、魔力の流れが乱れ、異物感を感じてしまう。
これはなかなかに不快であり、思わず声が出てしまうほどだった。リージャに強引に魔力を流し込んだ際は嘔吐してしまった。
特にそれを反省しているわけではないが、現在は慎重に行っており、むず痒い程度に済むほどに上達していた。
「どうだった?」
「やはり、末端の方は、ちょっと淀んでいます」
魔力の流れが良くなれば、それだけ魔力の変換効率も上がる。魔力量の少ないグレイにとって、少ない魔力で大きな魔法が発動できるようになることはメリットが大きい。
そして、フィーナはグレイの何倍もの魔力を保有している。その魔力も使用できるようになれば、何度も魔法が使用できるようになる。
そうなれば戦闘能力は飛躍的に上がることだろう。
フィーナの魔力認識能力は、術式に対する理解が深めるのにも一役を買った。
術式とは、魔力を特定の色の魔力に変換するものだ。水の術式であれば、大気の魔力を水の魔力に変換することができる。
魔法の適正とは、言い換えれば、体内の術式の差異なのだ。どんな術式が体内に存在するかで、発動できる魔法が変わる。
グレイジアルドであれば、火の術式。リージャであれば水の術式。これらの術式が体内に刻まれており、その術式を通ることで魔力は変換され、変質し、変色する。
つまり、体内の魔力の『変換』『放出』『操作』をすることでこの世界の人々は魔法を発動させている。
そして、先史時代の遺物はこの術式が石やガラスなどに刻まれており、魔力を通すことで人体を介さずに魔法を発動させているのだった。
遺物には種類がある。
一度発動したら発動し続けるもの。
任意でオンオフが可能なもの。
一度きりしか使用できないもの。
魔力灯は一度発動したら発動し続けるタイプの遺物である。
屋敷に作った浴場。これに使用されている術式は、そんな魔力灯の術式を元に作り上げたものだった。
光を放つ代わりに熱を放つように術式に細工をした。
しかし、グレイも完全に術式を理解したわけではなく、自身の体内にある火の術式に光源の術式を書き換えて似せたところ、偶然生まれたものだった。
術式がどういうものかは分からないが、体内で魔法が一巡した際に魔力が変色することから、体内の魔力の流れを図にしたものが火の術式だと考え、実際に適当な石に刻んでみた。
しかし、魔力を通しても炎は起こらなかった。そこで、魔力灯に使われている術式に書き加えてみたところ、火は出なかったが卵焼きが作れる程度の熱は放出できるようになった。それを敷き詰めることで湯を沸かす浴槽が完成したのだった。
おそらく、魔力灯に使用されている術式には、ただ魔力を変換するだけでなく、どのような現象を起こすか、どれくらいの規模で発生させるか、などの情報が刻まれているのだろう。
どういうメカニズムで術式が魔力を変換しているのかは分からない。ただある規則性に基づいて描かれた紋様によってそれが行われているのは確かだ。
また、自身の肉体ではないため、上手く扱えない。そのため、大きな現象は基本的に起こせない。よっぽど大規模かつ繊細な術式に莫大な量の魔力を与え、さらに引き起こす事象に詳しくなければ不可能だろう。術式はあくまで魔法を発動させるための薬莢を込めてくれるだけで、引き金の引き方や銃口はこちらが示さなければならないのだから。
グレイジアルドは長らく、術式の解析に手こずっていた。
いきなり機械言語を教習本もない状態で学び、ゲームを作れと言われても、不可能に近い。
そんな状況を魔力の流れを読み取れるフィーナによって、解決した。
術式に流れている魔力の流れを読み取ることによって、どの紋様で魔力が変換され、どの紋様が魔法に変化させているのか、ある程度理解できたのだ。
これにより、発動させてから数秒後に爆発する術式や周囲の水を集めて飲み水とする水筒のような術式を作ることに成功した。
まだこれらの簡単なものしかできていないが、そもそも術式の開発に成功している時点でとんでもないことだった。
魔法の研究が進むと同時に謎も深まった。
どうして一人ひとり違う術式を所持しているのか、何故黒髪のフィーナは全術式を保有し、魔力を読み取れるのか、そもそもこの世界の住人が魔法を使用できるのは何故か。
彼が欲する強さと異世界へ渡るための技術は、それらの謎を紐解く必要がある。
それは、今の環境では難しいとグレイは感じていた。
「グレイ様」
「なんだ」
鍛練を終えて、一息ついていたグレイに、フィーナが尋ねる。
「どうしてそこまで強くなろうとするんですか?」
それはリージャに聞かれたことと同じ内容だった。
「ある目的のため」
はぐらかすように答える。説明する意味もなければ、理解してもらう必要もない。
そもそも、前世の話など、誰が信じるというのか。
けれど、それに対してフィーナは食い下がる。
「その目的は強くなる必要があるんですか?」
「ある」
即答する。強くなければいけない。
失ったものを取り返すために。大切なものを守るために。
「それならどうして……」
フィーナは少し言い澱む。
そして意を決したように言葉を吐き出した。
「どうして、いつも辛そうなんですか?」
言葉の意味が分からなかった。
いつ辛そうにしていたというのか。
思い当たる節がまるで彼には思いつかなかった。




