第二話 改めての絶望
一頻り絶望しながらも、今日もまた水を汲みに行く。
どれほど絶望したとしても彼は自ら命を絶つことはしない。
それは決して高尚な考えや殊勝な心がけがあるわけではなく、ただ自ら死を選べるほどの強さがないだけだ。
首を吊るのも、手首を切るのも、飛び降りるのも。
どれも怖くて、踏み出せないだけ。
一度死を体験したうえで、それでもなお、それを自ら再び経験しようとはとても思えなかった。
だから水を汲みに行く。
そんな自分の弱さにも絶望しながら。
「よう、アレク」
不意に声をかけられる。
「こんにちはおじさん」
「誰がおじさんだ。お兄さんと呼べ」
気さくに挨拶をしてくれたのは近所に住むおじさんだった。
まだ二十代後半らしいが、そうは見えない。
「相変わらず暗いなぁ、お前は」
「……ごめんなさい」
いきなり悪口を言われたのに、思わず謝ってしまう。
悪気がないだけにアレクもどんな反応をすれぱいいのか分からない。ましてや前世で人との関わりが気迫だった彼には謝る以外の会話方法が分からなかった。
「もっとシャキッとしろ! シャキッと!」
「……はい」
「お前なぁ……そんなんじゃあ、魔物に食われちまうぞ」
「魔物?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返してしまう。
そのすぐあとに、子供に恐怖心を抱かせて言うことを聞かせる類いのもの、日本でいうなら悪さをすると鬼が出るとか、ご飯を残すともったいないお化けが出るだとか、そういったものなのだろうと一人納得した。
そして、その納得はすぐさま瓦解することになる。
まるで示し会わせたかのように。
それは突然訪れた。
「逃げろ!! 魔物がこっちに!!」
村中に響き渡る誰かの叫び声。
それを掻き消すかのように、獣の咆哮が村へと届いた。
続いて重機が走り出したかのような足音が鼓膜を震わせる。
そして、悲鳴のような音を鳴らしながら樹木が薙ぎ倒され。
災厄の主が、その姿を現した。
「おいおい、嘘だろ……」
隣にいたおじさんが呆けた声を漏らす。
それに対してアレクは声帯を震わせることさえできなかった。
現れたのは巨猪。
しかし、ただの大きいだけの猪ではない。
通常の猪のように眼が一対ではなく、三対。計六個の眼球がギョロギョロと回り動いている。
口元に生えた角のようの伸びた牙も、捻り曲がった禍々しい形をしており、鋼鉄であろうと貫いてしまえそうな迫力がある。
何よりもその巨躯は前世に存在した猪ではあり得ないほどの大きさだった。その巨大の牙も合わせて、もはや猪というより、マンモスに近いかもしれない。
その圧倒的存在感が、脳内にあった現実感を全て塗り潰してしまった。
魔物。
おじさんが言っていた言葉の意味をようやく理解できた。
これを獣とは呼べないだろう。
それほどの異形を目の前にしてそれだけは、はっきりと理解できた。
当然、そのような異形がそのまま踵を返すはずもなく。
再び地響きを挙げながら、村へと突っ込んでいった。