プロローグ
「……おい」
誰かが、誰かを呼ぶ声をした。
諌めるようであり、同時に心配しているような、呼び声。
それが自分に対してかけられているものだと、『アレク』はようやく気づいた。
沈み込んでいた意識が浮上を始め、目蓋を開く。
隣に視線を向けると、体長二メートルは優に越える大男が心配そうにこちらを見下ろしていた。
「珍しいな、お前が火の番でうたた寝なんて」
「あぁ、ごめん」
「まぁ、ほんとに何もいねぇから気を抜く気持ちもわかるんだけどな」
「はは……ありがとう、エイドさん」
エイドと呼ばれた男は笑いながら気遣ってくれる。それに対してアレクは申し訳なさそうにすることしかできなかった。
「いや、別に嫌味で言ってるわけじゃないさ。単純に珍しかっただけだよ。お前、火が苦手なんだろ?」
男の指摘に、アレクは頷く。
火は苦手だった。
なんせ全身を炎で焼き裂かれたことがあるのだ。
苦手になるのは当然だった。むしろ、苦手で済んでいるだけマシですらあるだろう。
「火の前で眠れるようになる日が来るとは思ってなかったよ」
今でこそ火を眺めていても問題ないが、数年前は近くに火の気があるだけで呼吸が荒くなり、汗が止まらなくなるほどだった。
現在でも火を前にして眠る、というより意識を失うことの恐怖から、寝ずの安全確認と火の番を彼はよく担当してきた。
「こちらとしてはそんな日が来られると少々困るがな」
半分冗談、けれど、半分は本気でそんなことをエイドは口にした。
今までアレクに任せていた夜の見張りが全員で交代しながら行うようになれば、自分の睡眠時間が減るからだろう。
アレク本人からすれば堪ったもんではないが。
「まぁ、しばらくは任せてもらっていいよ。それこそ炎を完全に克服できるかもしれないし」
「よしきた! それでこそうちのエース様だぜ」
エイドの調子の良い言葉に苦笑しながらも、実際アレクにとって炎は早く克服したいものだった。
ただ炎が便利だからというだけでなく。
そうなれば過去のことも忘れられるかもしれない。
覚えておく価値もないあの日々のことを脳の片隅から追いやれるかもしれない。
そんな一抹の希望が胸の内に在るからだ。
風に揺れる炎を眺めながら、転生した日を思い馳せる。
どうしてこんなことになっているのか。
どうして彼は『アレク』となったのか。
それは十七年前に遡る。