スケルトンをよこせ!
大軍と聞いていたからには、地平線まで広がる巨大な黒い影を想像していたが、実際にノード村に来たのはせいぜい30体ばかりのスケルトンと、馬に乗った魔人1人だった。
まあ戦争とは無縁の村人から見ればこれも「大軍」の内に入るのだろうが、魔王軍の参謀として何万という魔物を統率してきた俺からすると拍子抜けも良い所だ。
スケルトンは、「使役型」の魔物に属する。「自立型」のゴブリンやオークと違って、指揮官の命令通りに動く。よって、操れる数は司令官の技量によりけりだが、30体というのは平均的な数だろう。
馬に乗った魔人も、身なりからして俺のような上位の貴族という風ではないし、せいぜい中位貴族の五男あたりだろうか。
「この村は、も、もう終わりだ……」
楽観的な俺と違って、村人達の顔面は蒼白だった。死者が骨となって魔物化しているだけでもおぞましいだろうし、それが村に向かってきているのだから無理もない。捕まるまであてもなく逃げるか、降伏して命乞いするか、せめてスケルトンの1体でも道連れにして死ぬかという感じだろう。
だが俺は全く別の事を考えていた。
「……チェル、スケルトンなんか『骨粉』に使って野菜は大丈夫なのか?」
「別に平気じゃない? 結局骨の成分自体は魔物も動物も人間も土からしてみれば大して変わらないし」
俺はしばらく考えたあと、村長に言った。
「とりあえず、俺が交渉してくる」
「交渉ですと……?」
「ああ、スケルトンを譲ってもらえないかあの司令官に聞いてみるよ」
村長は一体何を言っているのかわからないという風な目で俺を見ていた。
「だが一応、警戒はしておこう。タリア、俺の斧を持ってきてくれ」
「分かりました」
さて、あの司令官が話の分かる奴だと助かるのだが、こればっかりは運に任せるしかないか。
村人達から離れ、俺は1人で進む。
「……待て。ここから先はノード村の敷地だ。許可なく入る事は許さん」
スケルトン達の前に立ちふさがり、俺は声をあげる。
馬も前に出てきて歩みが止まった。司令官が兜の前面をあげ、俺を見下ろす。
「あれ? よく見たらお前魔人か? こんなショボい村でそんな格好して一体何してんだ?」
魔王城を出た時の一張羅は洗濯したが、農作業中に着ればまた元の木阿弥なので、村では村人達と同じく亜麻の粗末な服を着ていた。通気性も良くて快適なので忘れかけていたが、確かに遠目から見ればほとんどただの村人だ。
「これには色々と事情があってだな……」
「ふーん。あっそ。まあいいけど、とりあえずどいてろよ。これからあの村襲うから。まあ大した物は無さそうだけど、食料と女ぐらいはあるだろ」
そう言って、再び行軍を始めようとしたので俺は斧を横に構えた。
「だから待てと言っている。あの村を襲わせる訳にはいかんのだ」
「……へえ、お前、魔人なのに人間の味方するんだ。珍しいね。魔王軍からの脱走者か何か?」
「違う。俺は魔人四天王の1人、魔王軍参謀ロードワースだ」
ロディというのは愛称であって、この場合は正式な名を名乗っておいた方が良いだろう。
スケルトンの司令官は途端に驚き、俺の顔をまじまじと見つめた。
「……そ、そんな馬鹿な! 魔王の右腕ロディがなんでこんな所に!?」
そして司令官の男は勢いよく馬から降り、急にへこへことし始めた。
「き、気づかなかったとはいえ、失礼な物言いをしました。ど、どうかお許しください。私はヘカリル家の4男、サルムという者です」
そうして片手を差し出す。俺は間をおかずそれに応え、強めの握手を交わす。
「そ、それで、えっと、ロディ様ともあろうお方が、何故そのような格好でこの村を守っていらっしゃるんです?」
どう説明したものか、と少し迷ったが俺は土のクリスタルの事だけは伏せて、村人の労働力と村の敷地を使って農業を始めた事だけを伝えた。
「……農業、ですか? あの魔界四天王ともあろうお方が?」
サルムの疑問はもっともだった。俺自身も未だに納得がいっていない。
「知っての通り、魔王様は今長い眠りについている。魔王軍も3つに分かれ、それぞれが好き勝手に戦争を始めた。だが人間界を征服する為に真に必要なのは、武力ではなく食料なのだ。人間は叩きのめすとより力をつけて立ち上がるが、腹を満たしてやればあとは眠るだけだ」
なかなか良い言い回しが出来たと個人的には思ったが、サルムはこれっぽっちも納得いっていないようだった。
「果たしてそんな物でしょうか……。我がヘカリル家はグレン様の配下に加わっておりますが、ロディ様が今仰った事と真逆の事を聞いておりますよ。『人間共は皆殺し、金と国土と奴隷を奪い、魔族が暮らす楽園を俺が作る』と」
……まあ、火のエレメントを手に入れて思い上がった奴ならおそらくそうなるだろうとは思った。人間の国を総取りなんて、魔王様でも成し得なかった事だと言うのに、馬鹿に力を持たせるとこうなるからたちが悪い。
「……失礼かもしれませんが、あなた、本当にロディ様ですか?」
サルムは遠慮しつつも俺の表情を伺いながらそう尋ねてきた。
「当たり前だ。この顔、見覚えがあるだろう」
「うーん……ロディ様は参謀というポジションだったので、戦っている所を見た事もなければ近くで会った事もないんですよね。なんとなく、特徴は一致していると思うんですが……」
失礼な奴だ。やはり格好だけはまともにして前に出るべきだったかもしれない。
「とにかくだ。この村を襲うのは駄目だ。戦われたら畑が荒れるからな」
「はぁ」
気の無い返事のサルム。段々腹が立ってきた。
「それと、スケルトンを全員俺に譲れ」
「はい?」
「畑の肥料に使うのだ。お前には分からんだろうがな」
サルムの疑いの眼差しが更に強くなる。
「……そもそも魔界四天王の癖に軍も服も金もなく放り出されてる時点でなーんか怪しいんだよなあ……」
俺は毅然とした態度を崩さなかったが、サルムは続ける。
「しかもこんなしょぼい村の味方して、人間の為の飯を作る? おかしいよなあ。ロディが魔王様を裏切ったせいで勇者と相打ちになったっていう噂もこの前聞いたし……」
ぶつぶつと俺に聞こえるように独り言を言うサルム。俺は魔人の中では温厚な方だが、それでも限界という物はある。
「挙げ句の果てにはスケルトンを寄越せだって? お前、やっぱり魔王軍の敵じゃねえのか?」
サルムが俺から離れていき、再び馬に乗った。
……くそっ。やはりこうなるか。
「まあいいや、本人かどうかは首を取ってから考えるか! スケルトンども、やっちまえ!」
グレンの馬鹿といい、魔人貴族も落ちたものだ。
俺はため息をつきつつ、斧を握りしめた。




