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働こう

 ボロボロ、パラパラ、サラサラ。


 しゃがみ込み、手の平から零れ落ちる土を見ながら、俺はまだ痛む腹の傷痕をさすった。

 魔力の残量を確認しつつ、土の状態を改善していく。この農場の持ち主のリクエストはまたもジャガイモ。量といい育てやすさといい人気になるのは分かるが、あまりジャガイモばかりを作らせておくと、伝染病一発で全滅というリスクもある。説得してもう2種類くらい土に合わせた野菜を育ててもらう事にしよう。


「ロディ、チュートンが用事」


 ジスカに呼ばれて、俺は昨日から滞在している農家の母屋に戻る。

 かつてはタリアに任せていた交渉や事務は、今ジスカが担当しているのだが、不慣れな事もあってたまに俺に出番が回ってくる。


 グレンとの決戦後、俺は以前の契約農家の座に戻っていた。

 荒れた地を土のエレメントによって再生し、人々の腹を満たす。それが今の俺の仕事だ。


「ロディだ。用は?」

「すぐ王都に戻ってきてくれねえか?」

 チュートンの声には焦りの色が混ざっていた。

「……まずは用件を言え、戻るかどうかは俺が判断する」

 この農場の改善が終わったら、王都に戻る道すがら他の農場2つで同じ事をしなければならないのだ。もし合計3つの農場からの依頼をすっぽかせば、当然生産量は下がる。


「王都付近の砦に魔物が住みついて困っている。兵士達を派遣すると、王都の守りが薄くなる。生き残った魔人達の動きも怪しいし、人間が不安がるのでそれは避けたい。お前の『操魔の指輪』なら一瞬でカタがつくだろ?」

 人間が減った事によって、ダンジョンから溢れた魔物達が群れを形成して巣を作っているという話は最近良く聞く。そこにグレン軍の残党だった魔人が加わって戦力を蓄えているというのもありがちな話だ。

「あーそれなら」

 俺は少し迷ったが、言う事にした。

「『操魔の指輪』はサルムに預けてある。奴に依頼しろ」


「何だと!?」

 いつも重みのあるチュートンの声が裏返っていた。

「お前サルムの奴に『操魔の指輪』を預けたのか!? 何て事をしやがる!?」

 チュートンの反応は至極当然の事ではある。かつてグレンの下で虐殺に加担した者に、魔王様の力の源ともいえるアイテムを預けるのだから、その危険性は説明の必要がない。


「心配するな。サルムがそのつもりなら俺が王都を発ったその日にお前は襲われている」

「そ、それはそうかもしれんが……」

「とにかく、『操魔の指輪』は奴の手にある。じゃあな」

 そして俺は一方的に通信を切った。


 確かにこのやり方にはチュートンが心配するリスクがあったが、王都の防衛を考えると任せられるのは奴しかいなかった。


「3年前のロディが見たら、なんて言うんだろうね」

 気づけば、ナイラが部品を両手に持って立っていた。農業用魔導機械のセッティングをたのんでいたのだが、どうやらその仕事が終わったらしい。

「さあな」

「ドラッドとの決闘は半年後だっけ? トレーニングしなくてもいいのかい?」

「そんな暇はないのは分かっているだろ」

 グレンとの戦いで生き残り、最終的にドラッドに土の中から引き上げられ助かった形になっている俺は、傷が完全に回復した後奴と決闘の約束をする羽目になった。どちらが魔人達のリーダーとして相応しいか、魔人らしく正々堂々と決めるという趣旨だが、俺からすれば実にどうでもいい話だ。

 ドラッドは山に篭って鍛えているが、今の俺にとっては1日でも早く農業を復活させて、食糧自給率を安定させる方が重要なのだ。


「負けたら殺されるかもよ?」

 ナイラにそう脅されて、俺は逆に尋ねる。

「それの何が問題なんだ?」


 あの時、俺は死ぬつもりだった。いや、死にたかった。今でも死にたい。

 にも関わらず、俺は今こうして各地を回りながら農業をしている。

 言ってみればこれは呪いみたいなもんだ。死者を含めた周囲からの期待によって、そうせざるを得ない状況に追い込まれている。抗いがたい現実が俺に首輪をつけて強制的に働かせている。


「ロディに死んでもらっちゃ困るなあ」

 チェルが突然現れてそう言った。

「きっとドラッドはここまで働いてくれないだろうしね」

 俺に呪いをかけたのは、このチェルという質の悪い妖精だった。


「決闘の時は、土のエレメントは使わんからな」

 魔人同士の決闘で、他人の力を借りるのは邪道だ。チェルが管理している土のエレメントの力を借りる訳にはいかない。

「分かってるよ。でも決闘中にアクシデントが起こるのは普通の事だ。例えばドラッドが立っている土が柔らかくなって足を取られたり、砂埃が巻き上がって視界を塞いだり……」

 俺はため息をついてチェルを睨む。

「うっかりロディが勝ってしまうかもねえ。ああ、そうしたらまた沢山畑が作れるね」

 にこにこ笑うチェル。こいつは下手するとグレンより最悪な奴かもしれない。


 まあ、死ねないならそれはそれで、俺は俺のやるべき事をやるだけだ。


「どうせいつかはあっちに行くんだし、タリアはそれまで待っててくれるよ」

 ナイラの発言に、チェルが無責任に頷いている。


 俺はまたため息をついて、畑を作る為、ひいては世界を救う為に外に出た。


 いつか俺が「俺は世界を支配した」と言い切れるようになったら、胸を張って彼らの所にいけるかもしれない。


 そんな想像をしながら、俺は土を踏み締めた。



 完

完結です。ここまで読んで頂きありがとうございました。

来週の月曜日から新しい小説を投稿し始めますので、良かったらそちらもよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い物語でした。
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