守護者
「らしくねえなあロディ! エレメントを奪ってあっさり決着だと思ったか? だとしたら見立てが甘すぎるぜ」
グレンが血の混ざった唾を地面に吐いた。
俺は偽物のエレメントを手の中で転がしながら「よく出来てるな」と感心した。
「組織がでかくなると分をわきまえねえ馬鹿が出始めるからな。そいつはちょうど良い囮なんだ。それさえ奪っちまえば勝てると思い込んだ裏切り者を誘き出す為のな。ロディ、これを見ろよ。俺は原初のエレメントを取り込めたんだぜ」
自分の胸元をちらつかせながら勝ち誇るようにペラペラと喋るグレンに、俺は一言尋ねる。
「取り込まれてるのはどっちだ?」
「……」
グレンは一転して黙ると、俺を睨んでいた。
考察。
土のエレメントの守護者であるチェルは、人間からの畏敬がエレメントの力を解放するので、扱うには段階を経る事が必要だと俺に説明した。実際魔王様も自身を封印する際に近い言葉を残していたので俺はそれを疑わなかった。
だが蓋を開けてみれば、俺以外の3人は最初から原初のエレメントをフル活用出来ていた。魔王様の言葉と、それぞれの事情、更に俺の遅れによって集合には時間がかかったが、シルファもズーミアも原初のエレメントを自然に使えていた。
それは守護者が不在だからであり、不在なのは勇者が守護者を殺したからだという事は後から分かった。
ここで1つの疑問が生まれる。守護者が不在である事によって、原初のエレメントの力が人間の畏敬と関係なく活用出来るのだとしたら、守護者の役割とは一体何なのか? 何故魔王様は守護者が存在する事前提で言葉を残したのか。
いやそもそも、エレメントを扱う事によって守護者を殺害出来る仕組みその物が矛盾している。
根本的な疑問だ。何の為にこいつらは存在しているのか。
「やっぱり頼りになるのは火だな。焼き殺してやる」
グレンは再び宙に浮かんで、最初にしたのと同じように火球を放って攻撃してきた。馬鹿の1つ覚えかと思いきや少しは考えたらしく、俺が逃げそうな方向にも同時に火を放ち、退路を塞いできた。
対する俺は火球を最小限の壁で塞ぎつつ、退路側の火に土をかけて勢いを弱めた。火は空気がなくては燃え続ける事は出来ない。水でなくとも土をある程度自由に操れれば、火を窒息させる事が出来る。
被害は徐々に拡大していた。ナイラ達による住民の避難はまだ時間がかかりそうだが、背に腹は変えられない。こちらは基本的に防戦一方であるし、俺1人で人間を守るのはどうやら無理そうだ。
「オラオラどうしたロディ! ちょろちょろ逃げ回ってて俺に勝てんのか!?」
上機嫌に炎を繰り出し続けるグレン。
その肩を、1本の矢が貫いた。
「ロディ様! 援護に参りました!」
見ると、旧国王軍の兵装に身を包んだ人間達が数十人、弓や剣を携えてグレンを狙っていた。
どうやらチュートンは俺との契約を守ったらしい。
「ちっ。負け犬どもか……うざってえ」
グレンは矢を引き抜くと、すぐに傷口を自身の炎で焼いて止血した。感覚がないのか、少しも痛がる素振りは見せなかったが、苛立ってはいるようだった。
続けざまに人間達は矢を放ったが、グレンは空を飛んだまま自身の身体の周りに薄い水の膜を張ってそれを防いだ。同時に、片手で炎を操ってあっさりと人間達を焼き払う。原初のエレメントを使っての掃討戦には慣れている様子だ。
人間達が焼かれていく。全く心が痛まないと言えば嘘になるが、彼らは自身の尊厳の為に戦っている。自由の為に死ぬのか、服従して生きるのか、選ぶのは俺ではない。彼らだ。
原初のエレメントにおける守護者の存在意義について俺はずっと考えていた。
チェルは何故唯一生き残り、原初のエレメントの所有者、つまり俺に対して制限を課しているのか。その理由と狙い。所詮は妖精であるし、考えている事など分かるはずがないと諦めるのは楽だし、実際俺も2年前まではそうだった。だが腑に落ちない点は他にもある。
何故勇者は他3人の守護者を殺し、チェルだけを見逃した状態で魔王様に挑んだのか。
これはずっと疑問だった。勇者の動機が、兄である魔王様への挑戦であるのなら、全力を尽くさねば勝てない事くらいは事前に分かっていたはずだ。実質上のリミッターであるエレメントの守護者を残していて得な事などない。
「……チェル、そろそろ言うべき事があるんじゃないか?」
戦いの最中、俺は土のエレメントに向けて話しかける。
少しの間の後、いつものように音も無くチェルが現れた。
「ん? 何だい?」
すっとぼけるチェルに俺は重ねて尋ねる。
「お前は守護者だと言った。だがお前が守っているのは、エレメントじゃない。エレメントの持ち主だ。違うか?」
「……まあ、いつか気づくとは思ってたんだけど、随分と時間がかかったね」
グレンの肉体と一体化したエレメントは、確実にグレン自身を侵食している。
勇者がチェル1人を残したのは、エレメントが完全に解放されれば、自身がまずい事になると分かっていたからだ。
人々の畏敬によって力を段階的に使えるようになるのは、それによって持ち主の存在を安定させる為だと推察出来る。
畏敬を超えてエレメントの力を使うとどうなるか。
答えはこれから見る事が出来る。
「で、それが分かった今、君は僕の事を殺すのかい? ロディ」
チェルの質問に、俺は間を置かずに答える。
「馬鹿か。そうならないように少しは協力しろと言っている」
「……いいね。あの時君の手元に戻ったのはどうやら正解だったみたいだ」
俺はチェルと共にグレンを見据えた。