原初のエレメント
ここ2年、祝祭は開かれていない。
大地の恵みに感謝するという大義名分の下、呑んで歌って大騒ぎする祝祭は、この国の民にとって1年に1度の重要な日だったが、今王座についているグレンにとってはどうでも良い事であり、人間の王のように音頭を取るはずがなかった。
廃墟と化した王都においても、僅かに人間達は生き残っていた。魔人達にひれ伏して命乞いをした者、地下に潜って存在を隠した者、魔人に立ち向かった者。いずれも皆、魔人の目を避けて静かに暮らしていたが、その日は違った。
それはまさしく2年ぶりの祝祭だった。通りを行進する野菜達は、魔人のみを攻撃して退ける。人間達が手に取ると極上の野菜に変わって腹を満たす。まさしくそれは大地の恵みであり、日付は関係なかった。人間達はこの2年の鬱憤を晴らすように声を上げ始めた。
普段、人間達が持つ少ない食料を奪って楽しむ魔人達が、今やその食料に怯えながら人間達から逃げている。相手は爆発する野菜。捕まえる事も殺す事も出来ない。抗ったとしてもその数で圧倒される。彼らにとって頼みの綱は今やグレンだけだった。この事態を収拾出来るのは、グレンを置いて他にいない。
「はっはっは。ホガークの旦那が言った通りになっているな」
喧騒を眺めながら、大通りに唯一残った3階建の建物にて、男は笑った。
呼ばれたホガークは咳を1つして、混乱の渦にある大通りを見下ろす。
「チュートン、約束を果たせ」
「……ああ、分かってる」
商人組合の長、チュートン。原初のエレメントを代々受け継いできた男ホガーク。2人は魔人からの迫害を避け、今も生き残っていた。
チュートンは、自身が魔人の血を引いている事をアピールして魔人達に取り入った。殺さずに生かしてくれれば、商人組合のネットワークを使って地方から物資を手に入れる事が出来る。グレンに直接それを伝えた事もある。分かりやすく、殺せば損になるという事を何度も説明すればグレンでも生かした方が良い事に気づいた。
一方でホガークは、そんなチュートンに保護されていた。今となっては何も持たない老人だが、原初のエレメントについて最も詳しいのが彼である事は間違いなく、ロディのいない今、使える味方は重要だった。案の定ホガークの持っていたのは非常に重要な情報だった。
チュートンは今や貴重品となった通信宝珠を起動し、そこに声をかける。
「レジスタンス全員に伝令。ロディとグレンが戦っているのは西の広場だ。集合次第、ロディに加勢。この機にグレンを仕留める」
「了解」
王都の各所に散ったチュートンの部下は、魔人達の圧政に対するレジスタンスとして力を温存してきた。地下に潜みつつ、チュートンの横流しした物資を使って少しずつ秘密裏に構成員を増やした。今こそ、その力を発揮する時だった。
「ロディは契約を遂行した。だから俺も契約を遂行する」
ロディは野菜達に、「人間相手には爆発せずに普通の人間になるように」と命じていた。それは他ならぬチュートンとの専売契約を守る為だ。
「次はあんたの番だぜホガーク。質問に答えてくれ」
チュートンはホガークを見下ろしつつ、そう凄んだ。この2年、ホガークは チュートンの下にいながらも、1つの秘密を守っていた。だが、ロディが復活したのならそれを伝えるという約束をしていた。
「……良かろう。我が一族が守ってきた秘密を、お前に伝える」
一呼吸置いて、ホガークは原初のエレメントについて語り出した。
かつてこの地は、妖精達が支配していた。
それはまだ人間達に今のような力が無く、数も少なかった頃。体格では妖精の方が劣っていたが、知能と数では圧倒的に妖精の方が優っていた。妖精達は魔力を取り込んで数を増やすだけではなく、魔力を固定化し、加工する技術があった。魔力の源泉は、人間を初めとするあらゆる生物達。
「魔術」と称して魔力の扱い方を教え、更に生産量を増やした。まるで土に種を植えて水と栄養と光を与えるのと同じように、人間達を使って魔力を「栽培」していたのだ。
それだけならば理想的な共生関係だった。だが、妖精達は同時に「間引き」も行っていた。魔力の低い人間を「排除」し、餌を与える相手を選んだ。妖精達にとって人間は理想的な「魔力畑」であり、雑草を引き抜くのは当然の事だった。
そんなある時、妖精の中に特別な才能を持つ者達が現れた。ある妖精は火という概念を理解し、またある妖精は水を思うがままに操れた。4人はそれぞれに火、水、風、土を担当していた。
その妖精達が作ったのが原初のエレメントである。それぞれの属性を司り、環境を自由にコントロール出来る。これにより、人間達を増やすも減らすも思いのままとなり、妖精達はこれを用いて更に支配を強めた。
そこまでは妖精達にとって順調だった。しかし時が経ち、妖精にとっても想定外の事が起こる。
「待て」
ホガークの話を遮り、チュートンが声をかけた。
「妖精が人間を支配していた、と。お前は今そう言ったのか?」
「そうだ」
「原初のエレメントを使って?」
「うむ」
チュートンは自身の口を手で押さえながら、何かを考えていた。ホガークの話を疑っていたというのもあるが、単純にたった今初めて聞いた話を理解しようと努めているのもある。
「その事は時間の経過によって失われたが、習慣としては残った。それが祝祭だ。自分達を支配する妖精達に対して、感謝を述べた後健康かつ活動的である事を示す。殺されないようにな」
チュートンは絶句しながらも老人を見つめた。
「……話は分かった。だが、何故そんな絶対的な存在である妖精が、今はほとんど絶滅しているんだ?」
ホガークは一呼吸置いた後に答える。
「原初のエレメントが暴走したのだ」




