野菜の軍勢
青々と茂った葉が地を埋め尽くし、太く瑞々しい根が規則正しく行進している。
廃墟と化した王都にて、息を潜めて生き残った人間達は、その奇異な光景を瓦礫の影から見守る。闊歩する大根、空を羽ばたくほうれん草、にんじんの砲台をつけたじゃがいもの戦車がタイヤになったトマトを回転させながら進む様。まさしく異様。まさしく驚嘆。滑稽の局地でありながら、この状況を笑う者は1人もいなかった。
「美味しそう……」
1人の少女が足元を一直線に進んでいくブロッコリーを見てそう呟いた。思わず手を伸ばし、それを掴む。その姿を見ていた少女の母は一瞬それを止めようとしてやめる。食べさせてやれていない現状を思い出したからだ。
少女に掴まれたブロッコリーは急に大人しくなり、ただの野菜になっていた。少女は腹を鳴らしながらそれを一口頬張る。
「美味しい!」
少女は次々と野菜を掴み、それを母親の下まで運ぶ。
野菜達の軍勢は、王都を取り囲むように四方八方から城へ向けて進軍している。武器は持たず、声も発さず、食べれる事に気づいた人間達に食べられながらも、その圧倒的な数によって絶え間なく街の外から侵攻してくる。
彼らが食用であるのに気づいたのは人間達だけでは無い。街を巡回し、僅かに残った人間達の財産を取り上げる仕事をしていた魔人達もまた、人間ほどではないが腹を空かせていた。
「こんな素っ頓狂な事をするのは奴しかいねえ」
「ああ、元魔界四天王のロディだ。人間に協力して野菜を育てていた」
「つまりこれが奴の軍勢って訳か」
「だとしたら馬鹿だぜ。敵の腹を満たすだけの兵士で、どうやって戦争には勝つ気なんだ?」
魔人が転がるキャベツを鷲掴みにする。大きく開いた口で齧ろうとすると、異変が起きた。
それは2年前、ロディが身を持って体感した衝撃と破壊力。
爆発した。食べようとした魔人の首から上が吹っ飛び、血が噴出する。
それを近くで見ていた人間達も、思わず野菜を食べる手を止めた。だが、人間達の手にした野菜は何も変わらず、ただ新鮮なだけだった。にも関わらず、魔人達を襲う野菜は次々に爆発してあたりに種や汁を撒き散らしていた。
「……ロディ、あんたやっぱりイカれてるよ」
野菜軍の遥か後方で、急造した魔導機械に乗っていたナイラがそう呟いた。助手席に座ったロディは、野菜達の背中を眺めながら、物思いに耽っている。
究極の畑から戻ってきた時、ロディは操魔の指輪が変化している事に気づいた。見た目ではなく、そこから発するエネルギーが何か違っていたのだ。それがレイシャスからの贈り物である事にはすぐ気づいたが、肝心の使い方については分からなかった。
たった今見てきた物を頭で整理しつつ土の上に無言で座っていると、チェルがいつものように突然現れて告げる。
「ロディ、報告だ。君を畏敬する人間の数が10億を超えたよ」
「……何だと?」
この国の全人口を足しても10億には達しない。チェルは続ける。
「君の小さな友達が死者の意思を掘り起こしたおかげで彼らの畏敬をカウント出来るようになったからね。遥か昔に死んだ人までもが、今は君を尊敬し、君の活躍に期待しているという事さ」
地に還った遺伝子を菌類統率者が読み解き、それを1つの意思として再現する事が出来るのなら、その数に限りはなく、この国で亡くなった者全てが対象になる。だからそこにはタリアもいたし、レイシャスもいた。これまでに灰を残して死んだ者の全員がいるのだ。
「それで、10億人の畏敬を集めるとどうなるんだ?」
「新しいスキル『魔畑』が解禁されたよ」
「ま、『魔畑』?」
「説明するより試した方が早いでしょ。とにかく土を耕して、野菜の種を植えてみて」
耕すのは鋤があれば出来る。だが肝心の種は、この荒れ果てた農地に残っていそうもない。
その時、サルムが無言でロディに近寄ってきた。服から皮袋を取りだし、その口を開ける。するとそこには、カブやほうれん草を初めとした、かつてノード農場で育てていた野菜の種が一揃い入っていた。
ロディはサルムの表情を伺ったが、そこからは何も読み取れない。
「……いいのか? 俺はお前の兄の仇だ。それにお前を奴隷の身分に堕としたのも俺だ」
サルムは皮袋を前に突き出し、こう言った。
「美味い野菜を作れ」
ノード農場で働いていた時、サルムは散々ロディの育てた野菜を食べていた。元々肉ばかり食べていたサルムだったが、後の逃亡生活中の空腹時に食べたくなったのは不思議とその時の野菜だった。
「……分かった。ありがとう」
サルムから種の入った袋を受け取る。その後2人がかりで畑を耕し、そこに種を蒔いた。
『魔畑』の発動。
畑が光に包まれ、植えた種が急速に成長する。
そうして出来たのが、たった今王都を襲っている野菜型の魔物だった。
だが野菜型の魔物は自立型であり、そのままでは言う事を聞かず好き勝手に動き回る。しかしレイシャスの意思によって強化された『真・操魔の指輪』によってその問題は解決した。ロディは友人からの贈り物を確かに受けとった。
そして時は現在に戻る。
王城。
2年ぶりに戻ってきた同僚の打ってきた策に、グレンは心の底から笑っていた。
「はははははは! やっぱりただ者じゃねえな、ロディ」
物見台に上って混乱する城下町を見渡し、両手を広げる。
「さあ、決着をつけようじゃねえか!」




