統治
かつては手入れの行き届いた王城も、今となっては廃墟も似たりと荒れ果てていた。グレンが玉座を手に入れた初日、逃げ遅れた貴族達は片っ端から処刑され、その従者や護衛のみならず掃除夫や庭師に至るまで「人間である」という理由だけで生きる事を許されなかった。
どれだけ優美で荘厳な城であっても、その保守、管理をする者がいなければ、朽ちていくのは当然である。戦闘で崩れた壁を修繕する者もおらず、庭に積み重なった死体を処理する者もいない。酷い有様になるのは必然だった。
無論、人間を無理やり働かせたり魔人が代わりにやれば問題は解決するのだが、この国の覇権を手にした男にとって、権威とはあくまでも純粋な暴力によって裏打ちされた物であり、美しさや正しさといった概念とはかけ離れた物だった。なので、すべての惨状は2年経った今でもそのままだ。
「……ふざけるなよ。すると何か? お前は部下がした嘘の報告に、まんまと騙されたって訳か?」
グレンは玉座に肩肘をかけて座りながら、自らが任命した魔人貴族の大臣に対して凄んだ。
「いえ、あの、それは……」
「俺が言い訳を聞きたがってるように見えるか? イエスかノーで答えろ」
グレンの命令に対して、ノーと答えた者があっさり殺されてきたのを大臣は見続けてきた。だが今回の場合、自らの落ち度を認めるイエスもまた死に直結している。大臣は知恵を絞り、グレンにこう提言する。
「恐れながら、申し上げます。作物の収穫量に目標を設定し、税収を確実に上げるのは大変聡明な判断なのですが、問題は達しなかった場合に罰がある事です。地域を管理する魔人を罰し、住民を皆殺しにするとなると、その魔人はそれを恐れて収穫を正しく報告しません。どこの地域でも水増し報告が相次ぎ、結果、報告書と現物の間にこのように大きな差が……」
「黙れ」
グレンが立ち上がり、剣を手に取った。大臣は大量の汗を流しながら、それでも抗弁する。
「ち、力での統治には限界があります。死への恐怖は確かに原動力となりますが、行きすぎるとそれは不正の温床にしかなり得ません。人間を殺せばそれだけ労働力が減りますし、中には農業や製造業において重要な知識を持った者もいました。それを失えば、正しく何かを作り出す事は出来ず、結局は先細りに……」
「つまり、これ以上人間を殺すなと?」
「いえ、決してそういう訳では……。ですが、巡り巡って我々の損にしかならない事は、自重すべきかと……」
「……分かった。お前はこう言いたいんだな?」
グレンは大臣の前に立ち、剣を振りかぶった。
「俺には国を治める才が無いと」
「そ」
大臣の首があっさり落ち、グレンは赤く濡れた剣を適当に放り投げた。その時、たまたま近くにいた魔人を指さし、「お前が次の大臣だ。何としてでも収穫をあげろ」と命じる。魔人は頭を下げながら、グレンには見えないように苦悶の表情を浮かべた。
国としては、最早破綻寸前の状況でありつつもグレンにはまだ打てる手が残されていた。グレンが最も得意とし、今まで何度も繰り返してきた事。即ち、略奪である。
「ドラッド将軍はどこだ!?」
大声でそう呼ぶと、周囲の魔人達はお互いに顔を見合わせた。居場所を知る者、あるいはグレンの怒りを収める者を探す為だ。
「何故誰も知らない? お前らは揃いも揃って無能なのか? ああ?」
グレンは首から下げたネックレスについた、3つのエレメントを指先でちゃらちゃらと転がす。それは紛れもなく「お前らなどいつでも殺せる」という意思表示だった。
「グレン様、お呼びですか?」
タイミング良くドラッドが現れ、魔人達は一安心する。
「ドラッド。船の完成度は?」
「今朝報告したばかりでしょう。ま、半分って所ですな」
将軍の地位についたドラッドは、今や唯一グレンに意見出来る唯一の存在だった。
「もう少し急げないのか?」
「それも答えましたよ。反抗する船大工共は軒並み殺しちまいましたからね。魔人には造船技術はありませんし、これ以上無理に急がせてもロクな事にはなりません。攻め入る前にみんな仲良く沈没なんて、俺は御免です」
魔人達が乗れる大型船の建造をグレンはドラッドに命令していた。海を渡り、遠く離れた地でも略奪を行う為だ。国を栄えさせる才能が無いのなら、栄えている国から全てを奪えば良い。それがグレンの考えだった。
「早くてもあと半年。万全を期すなら1年は欲しい所です」
「……本当だろうな?」
「……まだ俺を疑いますか?」
グレンが前魔王にトドメを刺したあの夜、ドラッドは四天王最後の1人であるロディを逃してしまった。もちろんそれは、土のエレメントの守護者であるチェルの活躍による所が大きいのだが、グレンにとってみれば同じ事。ドラッドがロディを痛ぶって遊ぶのではなく、さっさと息の根を止めていればこの問題は起きなかったという理屈である。
裏切り成功の立役者であり、類稀なる腕力を持ちながら、グレンから責められる事になったドラッド。それでも新魔王軍への変わらぬ忠誠を誓うドラッドに対し、グレンが命じたのは兄弟の処刑だった。
ヘカリル家の次男フレンクは長らくロディとズーミアの下で働いていた。同じ魔人、家系でありながら、グレンからすれば信用ならない相手ではある。本来なら、何の得もない処刑である。ましてやそれをドラッド自身の手でやらせるなど、ただ恨まれるだけ。深い意味など無い。
それでもドラッドはやった。「人間を助けるのは魔人の罪だ」と言い切って、自らの弟の首を跳ねたのだ。
その代わり、末弟であるサルムは『服従の首輪』をつけられていた事を理由に処刑を免れた。追放はされたが、これでヘカリル家の生き残りは1人ではなく2人になった。
「……いや、信じよう。お前は嘘をつかない男だ。だが急げ。俺の腹が減る前に、この国を捨てて外に出るぞ」
グレンはそう言って、ドラッドを生かした。
以来、ドラッドはグレンの右腕を務めている。2人は粗暴さという点においてよく似ていたが、強さを第1に考える魔人らしさを担保にして絶対的な上下関係が守られている。
とにかく、グレン率いる新魔王軍の方針は侵略であり、安定した国家を築く事など微塵も考えていない。地の果てまで奪い尽くし、人間を根絶やしにする事だけを目的としている。別に人間に恨みがある訳ではない。ただ、これこそが魔人の正しい生き方なのだとグレンは信じている。前魔王レイシャスとは掲げる理想がまるで違った。
当面は海を渡る為の船造りに集中する。いくらエレメントの力があれど、1人で敵国に乗り込んでの虐殺は骨の折れる作業になるし、何より魔神達に強さを示せない。最低でも今いる魔人の半分が乗れるだけの巨大な船が必要だった。
「……ちっ。ここで足止めとは、つまんねえな」
グレンがそう呟いた時、慌てた様子で1人の魔人が玉座の間に入ってきた。
「ほ、報告します。ロディが……あのロディが、軍勢を率いてこちらに向かっているそうです!」
「何だと?」
グレンの表情は疑いつつも、どこか喜んでいる風でもあった。もし事実なら、これ以上の退屈しのぎは他にない。だが気にかかる点が1つ。
「嘘をつくな。軍勢なんて物、もうこの国にはねえぞ」
報告をした魔人は息を切らしながらも慎重に言葉を選んで訴える。
「や……野菜です」
「……あ?」
「ロディが率いているのは、『野菜の軍勢』です」




