行商人ポロドとの交渉
夜が明け、雨が上がっていた。一晩休んだ事で魔力も半分ほど戻ったので、俺は再び『成長促進Lv1』を発動してカブを収穫可能な状態にした。今回は意識が飛ぶ事なく、にょきにょきと草が伸びていく奇妙な光景をきちんと見るとしよう。
「こ、これは凄い!」
「こんな奇跡が起きるなんて……」
「ああ、神様! 神様!」
初日は村長とタリアしか俺のした事を見ていなかったが、今回は村人全員が見にきていた。見世物じゃないという理由で追い出そうかとも思ったが、それで不信感を持たれて収穫まで俺がやらなくてはならなくなるのだけは避けたかったので、何をしているのかは見せる必要があった。
急成長するカブの葉。土のエレメントを通してどんどん吸われる俺の魔力。今回はちょっとした目眩がしたものの気絶までは至らなかった。消費魔力の内訳は栄養補完が10で時間経過が30。雨が降った後なのと、堆肥を撒いた甲斐あって、どうにか許容範囲で収まったようだ。
「こいつは驚いた……!」
振り返ると、見慣れない人物が立っていた。そこそこ整った身なりからして村人ではない。浅黒い肌をした中年男。後方から遅れて馬車もやってきた。馬車には武装した御者も乗っている。荷物の多さからして商売人か。
「ポロドさん。お久しぶりです」
タリアが中年男に挨拶し、俺に紹介する。
「行商人のポロドさんです。たまに村を訪れて物と食料を交換してくれる方です」
「初めまして、ポロドです。この見事な畑はあなたが……?」
「……ああ、そうだ」
俺の土地という訳ではないが、俺の魔力で育った野菜が今は生えているのだし間違いではないだろう。
ポロドは収穫中の村人のカゴからカブを取り出して、しげしげと眺めた。
「いや素晴らしい。こんなに大きなカブは初めて見ましたよ。一体何故、魔人のあなたがこの村で野菜を作っているんです?」
やけに馴れ馴れしい態度に俺は警戒する。
「……お前に答える義理はない」
「ああ、すいません。商売柄つい。余計な詮索はやめておきましょう」
ポロドは丁寧な手つきでカブをカゴに戻した。
人間と関わる魔人というのは、珍しいが昔から存在はする。大抵何らかの後ろ暗い理由があって魔界から追放された者が、奴隷のような扱いを受けるのを覚悟で人間に捕まるパターンだ。おそらくこのポロドという男も、俺をそういう奴だと思っているんだろうが、その方がいい。魔界四天王の1人とバレる方が色々と厄介だ。
まあ、村人と同じボロボロの服を着ている俺を見て気づく奴はいなさそうだが。
「とにかく、これだけの商品なら街でも売れるでしょう。良かったら1つあたり5ゼニーで買い取らせて頂きたいのですが、いかがです?」
人間の通貨価値はいまいちピンと来ないが、なんとか以前の記憶を呼び起こす。確か、王国の一般的な兵士の給料が1ヶ月1万ゼニーで、勇者が魔王城で死んだ時に持っていた金が200万ゼニーだった。たったの5ゼニーか。
「貴様、貧相な村だと思って足元を見てるんじゃないだろうな? 素晴らしい野菜だと言っただろ。その10倍の50ゼニーなら譲ってやらんでもない」
「はははは! ご冗談を! たかがカブですよ? 確かに物は素晴らしいですが、王国内ならどこでも育てられますし、供給も安定しています。魔界との戦争の始まる前はこの村から3ゼニーで買っていた訳ですから、5ゼニーというのは破格の値段です」
俺はポロドの言葉の真偽を問うべくタリアに視線を送った。
「えっと、ポロドさん、お話はありがたいんですが、今は食料の備蓄がゼロでして、今日で沢山収穫は出来ましたが、これらは村民で分けるのにギリギリの量なんです。お譲り出来る余裕はまだありません」
「ふむ……そうですか。それは残念です」
さっさと帰れ、と言いたくなったが、たかが行商人1人と敵対しても何ら得はない。ここは建設的な考えをすべきだ。何よりまず俺は無一文だし、金が手に入る手段は大事にしたい。
「さっき『カブはどこでも育つ』と言っていたな? という事はつまり、育てるのが難しい作物ならより高く買い取るという事か?」
「ええ、もちろんです。例えばメロンなんかはごくごく一部の地域でしか育たない上、甘い物を求める貴族に高く売れるので、出来によっては1個あたり1000ゼニーで買い取らせて頂きます」
「1000ゼニーだと!? たかが果物が!?」
「え? はい。そうですよ。もちろん商品のクオリティー次第ではありますが」
それでもカブの200倍だし、2000万個売れば勇者の所持金に匹敵する。
「くっくっく……良いだろう。そのメロンとやら、俺が極上の物を育ててやる」
「本当ですか!?」
「ああ、俺の手にかかれば造作もない事だ」
これでようやく土のエレメントの価値に具体性が出てきた。
「それはそれは、実に素晴らしい! ……ところでメロンの種はお持ちなのですか?」
メロンの種。あるよな? とタリアに視線を送ったが、ものすごい勢いで首を横に振られてしまった。
「……お前は種は売っていないのか?」
「残念ながらありませんね。育てる為に加工された種は、メロン農家の方が門外不出にしていますから。栽培方法も極秘ですし」
くそっ。そう上手くはいかないか……。メロン農家を襲うしかない……。
「代わりと言っちゃなんですが、ほうれん草の種なら今ちょうど在庫がありますよ。良い品でしたら、1個あたり大体10ゼニーで買い取らせてもらいます。いかがです?」
……まあ、それならひたすらカブを育てるよりは効率が良さそうだ。
「タリア、カブを少し売るぞ」
「えっと、でも……」
「カブは俺がいくらでも育ててやる。今は現金が必要なのだ」
「……分かりました。ロディ様がそう仰るなら」
カブ10個と交換でほうれん草の種袋を手に入れた。だが今日はもう魔力もないし、雨も降らなそうなので植えるのは後日だ。ポロドも次に来るのは早くて2週間後だそうなので、それまでに売れるくらい多めに作っておけば良いだろう。
カブの収穫は村民に任せ、村長の家に戻った。村長が改めて俺に感謝を表す。
「実の所、備蓄が尽き、ポロドに売る物も無くなり、この村は本当に餓死しかけていたのです。もしロディ様が現れていなければ、間違いなくそうなっていたでしょう。このご恩は一生忘れません。感謝してもしきれません」
まあ、言葉では何とでも言える。というのは少しひねくれ過ぎか。少なくともタリアは実際に自分の身を捧げるつもりだったし、感謝は言葉通り素直に受け取っておこう。
「……ところでロディ様。もし答えたくなければ良いのですが、あなた様について教えてもらってもよろしいでしょうか?」
実際、俺の素性が気になっている事には昨日から気付いていた。機嫌を損ねないように何も聞かなかったのだろうが、腹が満ちた事で段々と俺の存在自体が不安になってきたのだろう。
「俺は……魔王軍の追放者だ。詳しい事情は話したくないが、魔王軍にも掟があってな、それを破って魔界を追い出された。見ての通り無一文だが、土を操る魔術が使える。お前達が食料に困っているというのなら、特技を生かして協力してやってもいい」
掟を破って云々は嘘だが、追放されたというのはあながち間違ってはいない。斧1本だけ持たされて追い出されたのだからほぼ追放と言っていいだろう。
「……なるほど、そうでしたか。魔人の方といえど、味方になればこれほど心強い方もおりますまい。それと、もう1つ。先程ポロドから聞いたのですが。魔王と勇者が相打ちになったという噂は本当なのですか?」
流石は行商人といった所か、情報は早いらしい。
「……うむ。俺もそうだと聞いている」
「そのかわり、凶悪な魔界四天王が世界に解き放たれ、中でもグレンとかいう魔人の男は強力な炎の魔術を用いて人間の軍を圧倒しているとか。それも本当ですか?」
くっ。なんであいつが大活躍してて俺が農作業しているんだ……!
いつか、いつか必ず目に物見せてやる……!
そう心に誓いつつ、今はほうれん草の為に眠るのだった。