炎のように冷たい死
ドラッドがタリアの肉体に剣を刺し、引き抜いた。赤く濡れた刃が見え、切っ先から液体が零れ落ちる。再び、ドラッドは剣でタリアを刺す。最初の位置から少しズレていたが、引き抜く時は同じ光景。今の今までタリアの中を流れていた鮮やかな赤が、鉄の塊を染め上げていく。何度か、それが繰り返された。
ゆりかごが壊れて悪夢が始まる。
タリアは固まっていた。何が起きたのか分からないという表情で、目の前の魔人を見上げている。4度目か5度目の挿入で我に帰ったらしく、口を開いて何か声を出していたようだが、俺には聞こえなかった。次に腕を前に突き出してドラッドの攻撃を防ごうとしたが、それも無駄だった。払い退けられ、更にもう1度剣が突き刺さる。
そこでようやく、俺はタリアの下まで辿り着いた。もう1度タリアを刺そうとしたドラッドを突き飛ばし、床に倒れたタリアを抱き抱える。タリアの膨らんだ腹はズタズタに裂かれており、服は赤黒い水溜りの中に落ちていた。
「タリア! 死ぬな! 今すぐ治癒魔法をかける。死ぬんじゃないぞ!」
俺はそう言って、周囲に目を戻し、そこでようやく気づく。玉座の間を混沌が満たしている事に。
叫び声が叫び声をかき消し、血の臭いが充満していた。誰かが魔術を使ったのか壁が破壊されており、あちこちで破裂音がする。逃げる者、反撃する者、身を守る者、呆然とする者。この中から治癒魔法使いを探すのは不可能に思えた。
シルファだ。シルファが治癒魔法を使える。俺はそれに気づき、来た方を振り返った。
「グレン、あなたの部下達だけど、こうなったら殺していいのね?」
ズーミアの質問にグレンは答える。
「ああ、裏切り者は殺せ」
火のエレメントを構えて炎を出す。シルファもそれに同調するように身体に風を纏った。
「待ってくれ! 先に、先にタリアを……!」
そう言って立ち上がろうとした俺の身体を、タリアが引き留めた。
「あなた、行かないで」
俺は苛立ちを隠せずに答える。
「お前を助ける為だ! シルファなら治癒魔法が使える。絶対に助ける。だからしばらく持ち堪えてくれ!」
タリアのもう片方の手は、自分の腹を必死に抑えていた。
「私は……私はもう助かりません。どうか、どうかこの子だけでも……」
「ふざけるな、どっちも助ける。いいから黙って待っていろ」
「……ロディ様」
タリアは青白くなった顔で俺を見上げている。その表情が滲んで見え、俺は自分が泣いているのに気付いた。
「ロディ様なら分かるはず。……ここまで酷くやられてしまっては、いくら治癒魔法があっても、私はもう駄目です。でもお腹の赤ちゃんなら、まだ助かる可能性があります。私の最後の願いを……どうか……」
分かっていた。
治癒魔法は外傷を塞ぐ事は出来るが、失った血を戻したり破裂した内臓を治す事は難しい。これだけ徹底的に破壊されてしまっては、助かる余地はない。それが分かっていたからこそ、ドラッドは何度も入念にトドメを刺したのだ。
「この子だけは……この子だけは……」
タリアは自分の腹を腕で守るように抱える。俺が冷静でなかったのと同様に、タリアも決して冷静ではなかった。
子宮のある部分を刺されたのだ。子宮の中にいる子供が助かるはずがない。
「タリア……」
俺は何かを言おうとしたが、かけるべき言葉など無い事を悟った。タリアは間違いなく、後数秒で意識を失い、もう戻ってこない。俺の頭の中は、混乱と憤怒と悲痛でぐちゃぐちゃに荒らされていた。それなのにやけに静かだった。
「もう1度、ロディ様が育てた野菜が……食べたかったです」
タリアはそう言って、震える唇で笑ってみせた。
俺はその瞬間、何故か魔王様の事を思い出していた。頭がおかしくなったのかもしれないが、勇者から傷を受けた魔王様を、どうしようもなく助けられなかった時の事が目の前に蘇ったのだ。俺に出来る事は何も無い。何が魔界四天王だと自分を罵りたくなって、今すぐ消え去りたくなる。あの時の感情だ。
一体俺は何を間違えた。どこで違う道を選んだ。
タリアは、俺の腕の中で死んだ。
「魔界四天王を敵に回した事、後悔するよ!」
シルファはそう言いながら飛び上がり、風を操っている。グレンの部下達が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「同じ魔人だからと言って手加減はしないわよ」
ズーミアが腕を広げるとそこから渦巻く水が放射された。グレンの部下がそれに飲み込まれ、身体を捻る。
「……この瞬間を待ってたんだ」
続けてグレンがそう言ったのが、確かに俺には聞こえた。
グレンの両手から発射された炎は鋭い槍となってそれぞれ、ズーミアとシルファの胸を背後から刺した。
「な……っ」「かはっ……」
2人が同時に声を上げた。炎の槍が引っ込むと、シルファとズーミアは床に堕ち、倒れた。
「はっはっは。笑えるな」
グレンはそう言いながら、炎を器用に使って2人から 原初のエレメントを取り上げる。完全に不意を突かれた2人は、なす術もなくそれを許してしまった。
「グレン!! 貴様裏切るのか!?」
ズーミアの問いに、グレンは頭を掻きながら答える。
「本当ならお前を味方に引き入れたかったんだがな。どう説得しても前の魔王を復活させる事にこだわってそうだったから諦めた。もったいないが、死んでもらうしかない」
「……最低だね、グレン」
シルファは口から血を垂れ流しながら、冷ややかな目で見ていた。
「これでも結構なギャンブルだったんだぜ? 流石にバレたら殺されるのは目に見えてるからな。ただ、1番厄介な奴が人間の女にうつつを抜かしてくれたから助かったよ。おい2人とも見ろよ、今も奴は、俺達の事なんかよりどうでもいい女の死体の方が大事らしい」
グレンが俺を指さす。自分が放心状態なのは明らかだし、グレンが裏切ったのも頭では理解していた。だが身体が動かない。頭も別に動けと命令していない。ただ呆然と、目の前の出来事を見ているだけで忙しかった。
不意に視界がブレる。後から頬に痛みがやってきて、顔を殴られたのが分かった。
「はっ! 他愛のねえ野郎だ。もう少しやる奴かと思ったが」
ドラッドが立っていた。俺は無心のままドラッドの顔を見上げる。そのあと2発俺を素手で殴って、楽しそうに笑った。
「ドラッド、痛ぶるのは後にしろ。仕事を忘れるな」
「へいへい。分かってますよグレン様」
ドラッドはそう言って、俺の手から土のエレメントを奪っていった。
俺にはもう興味がなかった。
ただひたすらに、タリアがもう1度目を覚まして俺にキスする光景を頭の中で描いた。
原初のエレメントを4つ揃えたグレンは、大きな声で笑った。
そして未だ戦闘が続く玉座の間を見渡して、高らかに宣言する。
「ここからが新しい時代だ!」
グレンの持つ4つのエレメントが放たれた光が、魔王様に落ちる。
魔王様のお身体は、粉々に砕け散った。
頬を切ったのだろう。血の味が口の中いっぱいに広がった。
「おい、どうしたロディ! お前の大切な人は全員死んだぜ!? 何か言う事は無いのかよ!ロディ!」
ドラッドが嬉しそうに俺を殴る。不思議と痛みはない。
「……お前を見くびらなくて良かったよロディ。本当に」
頭を上から押さえつけられ、横たわったタリアの胸元が目に入った。
タリアは木彫りの髪飾りに鎖をつけた物を首から提げていた。初めてゼンヨークの街を訪れた時に俺がタリアに買ってやった物だ。どうやら服の中で常に身につけていたらしい。
タリアは馬鹿だ。こんな安物を大事にして、魔人なんかと結婚して、挙句に子供まで作って。そして、俺を愛するなんて、正真正銘の馬鹿だ。




