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この世の終わり

 地上と比べれば遥かに荒れ果てた魔界の地、その中心に魔王城は建っている。1年経っただけあって、勇者にほとんど狩り尽くされた魔物達も徐々にだが数が戻りつつある。そのほとんどは野生であり弱肉強食の世界で生きているが、魔王様が無事に復活すれば強力な軍として再編成されるだろう。


 復活後、魔王様が原初のエレメントの扱いをどうなさるか俺には分からないが、もし再び土のエレメントを俺に預けてくださるのならば、魔界を巨大な農地に改造する事も可能だ。魔物を働かせて糧を増やし、更に軍を強力な物に出来る。そんな提案の準備は出来ている。


 城には既に、グレンが束ねる新魔王軍が到着しており、我が物顔で城内をうろういていた。全員が魔人で構成された軍隊は、人間の軍よりも遥かに少数でありながら、この1年に渡って人間達を蹂躙し続けた。その練度は十分であり、下手すると魔王様が封印状態になる前よりも強くなっている可能性がある。


「怖くないか?」

 魔界に来るのも初、当然魔王城も初であり、こんなに魔人ばかりがいる場所も見た事すらない我が妻、タリアに俺はそう尋ねる。

「ロディ様がいれば怖くはありません。ただ、ちょっと緊張しています」

 そう言いながら、タリアは自分の腹を撫でた。最近は赤ん坊がタリアの腹を内側からよく蹴って、夜起こすらしい。魔人の血が混ざっているせいか蹴る力も強くて、負担をかけている。悪いとは思うが、何故かタリアは嬉しそうだ。


 更に俺は護衛代わりにフレンクとサルムの2人を連れてきた。フレンクは本来ズーミアの部下なのだが、ナイラの監視役としてノード農場によく滞在していたので魔術関係で手伝ってもらっていた。サルムの方は言わずもがな、不満げな表情はしつつ、久々に農作業から解放されて内心では喜んでいるようだ。今でもたまに服従の首輪を外して欲しいと催促してくるが、俺は拒否している。


 グレンの引き連れる新魔王軍に比べればいささか心許ない面子ではあるが、ここは俺の故郷である魔界だし、そこまで警戒の必要もないだろう。


 かつて勇者との戦いの舞台となった玉座の間。そこには封印状態となった魔王様が、1年前と変わらぬ姿で座っている。


 入ってすぐ、クラリスの変身を解いたズーミアの姿を見つけた。流石に国の執政と魔界四天王を両方務めるのはそれなりに辛いらしく、その顔には疲れの色が見えた。俺に軽く会釈をしてすぐ、後ろに立ったタリアの姿を見つけ、呆れたようにこう言う。


「ロディ、先に言っておくけど私は庇わないわよ?」

 おそらくズーミアは、魔王様がタリアとの結婚について怒ると思っているのだろう。

「魔王様との付き合いは俺の方が長い」

 自信を持って俺がそう答えると、ズーミアは「まあ、それもそうね」と気の抜けた返事をした。かなり疲れているらしい。


 続けてもう1人の魔界四天王が登場する。

「あれ? グレンはまだ来てないの?」

 距離的には1番遠くからやってきたシルファだ。お供は魔人と人間が半々の総勢10名といった所で、中にはサガラウア島で世話になったビンスの姿もあった。

「ええ。城の中にはいるでしょうね。地下の貯蔵庫で酒でも呑んでるんじゃない?」

 ズーミアがそう答えた。グレンの奴め、これから魔王様の復活だと言うのに、何をしているのか。もし現れた時に酔っ払ってたら一体どうしてくれようか。


 そんな事を考えつつも、俺はズーミア、シルファとしばらく話をしていた。通信宝珠で連絡は取り合っていたが、実際に会って話すのとではやはり違う。ズーミアは国民のコントロールが非常に面倒な事を愚痴り、シルファは大麻の栽培が順調である事を嬉しそうに語った。


 気づけば、3人がそれぞれに連れてきた取り巻き達は俺達からある程度の距離を取っていた。遠慮しているのだろうか。タリアだけでも側に置いておきたいというのが俺の本音だったが、そんな事を言えばまた茶化されるのが目に見えているのでやめておく。


「おう、揃ってるな」

 そして最後に登場したのはグレン。幸い、酒は入っていないようだ。

「遅いわよ。早く魔王様を復活させましょう」

 ズーミアの発言に俺も無言で同意する。


「まあそう焦るな。こうして会うのは久しぶりじゃねえか。積もる話もあるだろ」

 言い方はグレンらしいが、言っている内容はグレンらしからぬ物だった。俺と同じく魔王様に敬服し、永遠の忠誠を誓ったグレンであれば、早く復活させたいと思うのが自然だ。俺の中に若干の不信感が芽生える。


 態度を観察し、真意を測ろうとするとグレンが俺に話を振る。


「この中に1人、人間の女を孕ませた魔人がいるみたいだしな。それについてはじっくり話を聞きたいもんだ。な? ロディ。是非とも紹介してくれよ」

 グレンはにやけながらタリアを指さす。


「断る。こうしている間も魔王様は待っておられるんだぞ。一刻も早く復活させるべきだ」

「へっ。そうかよ」

 グレンはつまらなそうにそう言って、前を向いた。


 魔界四天王が揃って玉座の前に立つ。


 それぞれが担当する原初のエレメントを取り出す。


 思えばここまで長い道のりだった。土のエレメントを与えられた時は絶望した物だが、俺にしか出来ない仕事だったという自負が今はある。こんな事を言うのは少し恥ずかしいが、おかげでタリアにも会えた。所帯を持てた。まさかそこまで魔王様が予想していたというのは考えにくいが、ひょっとしたら可能性はある。復活後、2人になれるチャンスがあれば是非とも聞いてみよう。


 勇者亡き今、魔王様に敵はいない。今日ここから、魔人による完全なる世界の統治が始まるのだ。


 4人の手に持った原初のエレメントがそれぞれ強い光を放ち始めた。魔力が注ぎ込まれ、赤、緑、青、茶の輝きが混ざり合って魔王様を包み込む。

 『破壊と創造』。チェルは最後のスキルをそう称したが、扱い方は未知数だ。だが、勇者は間違いなくこれを使って魔王様に致命傷を負わせた。ならば逆も可能だ。


「……あれ?」

 数十秒後、シルファが最初に声を発した。


 光ったまでは良かったのだが、魔王様自身に何ら変化は起きなかったのだ。

「あんた達、ちゃんと畏敬を集めたんでしょうね?」

 ズーミアが俺とグレンを交互に睨んでそう尋ねた。「当たり前だ」と俺は答える。むしろ怪しいのは、守護者のいないエレメントを持っている他の3人の方だ。


 いや、待てよ……?

 もしチェルが嘘をついているとしたら?

 そんなまさか、とは思いつつ、冷や汗が流れる。


 それぞれ自分のエレメントを確かめる3人を尻目に、俺は小声で奴を呼び出す。

「チェル。……おい、チェル。出てこい」

 が、返事はない。姿も見せず、エレメント中に引きこもっているようだ。


「おいおい、こりゃどういうこった? 無駄骨だったっていうのかよ」

 グレンがそう言った瞬間、誰かのあげた悲鳴が玉座の間にこだました。


 振りかえると、シルファの部下の人間達が魔人に殺されていた。やっているのは、装備からしてグレンの部下達だ。

「何をしてるの!?」

 シルファがそう叫ぶと同時、武装した魔人部隊が玉座の間になだれ込んできた。つい先ほどまで城を警備していた者達だ。


「グレン貴様!! 魔王様を裏切るのか!?」

 俺の絶叫に対し、帰ってきたのは意外な答えだった。

「い、いや俺もこんな事は命じてねえ! 部下の誰かが裏切りやがったんだ!」

 

 玉座の間に侵入した部隊の先頭には、見覚えのある魔人がいた。

 ヘカリル家の長男、ドラッドだ。かつて俺を奇襲し失敗した男。そいつが今、真っ直ぐに俺を見据えている。


「あの時の借り、返させてもらうぜ!」

 そう叫んだドラッドが向かったのは、俺の方ではなかった。

「……やめろ!」


 タリアだ。


 ドラッドはタリア目掛けて突進した。俺は全ての命を足に込める勢いで地面を蹴る。

 奴がグレンを裏切った? やはりコントロール出来てなかったのか? いや、今はそんな事よりもタリアが、俺の妻が……。


 ドラッドの動きには一切の迷いが無かった。


 タリアの腹に、ドラッドの持った剣が突き刺さった。

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