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半年後

 沈む夕日の下まで広がる金色の絨毯、その上を撫でる風に穂が揺れていた。たったの4日ぶりにして、季節外れの収穫期。ナイラの開発した新型魔導機械が畑の端から轟音を鳴らしながら動き始めた。収穫された麦は半自動的に脱穀され、そのまま藁袋に詰められて出荷されていく。


 俺は見張り台の上からその様子を眺めつつ、タリアのつけた帳簿をチェックする。タリアには、もうそろそろ働くのをやめてもいいと言っているのだが、出来る範囲の事はしたいと本人が言うので渋々続けさせている。


 ノード農場の関係者全員が集合した晩餐から、約半年が経過していた。忙しい日々はあっという間に過ぎたが、振り返れば実に多くの点で変化があった。


 作物は収穫高も売り上げも順調に伸びている。栄養に富み味も抜群の野菜を筆頭に、国王直々の許可を得て育て始めた小麦は、最適な土と菌類の管理によって5日に1回というハイペースで収穫が行われている。ついでに家畜も飼い始めたので、今では食卓に並ぶほぼ全ての食べ物が自家製となっている。


 他農場のフランチャイズも上手く行っている。北東のタキール農場、北西のルードン農場、西のリミディア農場に俺は出張し、それぞれ1ヶ月ほど滞在して土を作った。出張にはこちらにもそれなりのメリットがあった。


 例えばタキール農場は、経営難に苦しむ農場だったが、何と例の馬鹿高い果物であるメロンの種を持つ農場だった。非常に栽培が難しい作物で、ここ2年ほとんど言って良いほど収穫出来てなかったらしい。そこに俺が行って畑を改善し、代わりにメロンの種とその栽培技術をもらってきたという訳だ。まさに理想敵業務提携。


 ルードン農場もリミディア農場も同じく不作による経営難に陥っていたが、土のエレメントがある俺からすれば簡単に解決出来る問題だった。大抵の原因は病気であり、病気は土の中の菌がもたらす物だ。俺の命令で働く菌類統率者をばら撒いてやれば、すぐに駆逐が済んだし、軽めの『土加速』をつけてやればあとは自力で持ち直してくれる。


 加速によって作業量が増え、種まきや水やりにおける労働力が必要になる点については、皮肉にもグレンが解決してくれた。相変わらず南方で略奪行為を続けているグレンは、6つの大きな街を落とし、その周辺の農場も全て焼き払った。今や国内の南側3割くらいの領土は魔人が支配していると言っても過言ではない。


 それでも、ズーミアからの指示で国王軍との直接対決は避けている。戦争する2つの集団が裏で手を取り合っているとは夢にも思わぬ人々は、グレンを畏れる一方で、クラリスが摂政になってから死人が減った事を評価していた。手の平の上で踊らされているとはまさにこの事だ。


 そして行き場を無くした人々を俺と俺のプロデュースした農場が受け入れる。あるいは新天地を求める者は、群島でシルファが仕事を紹介する。魔界四天王による完璧なマッチポンプと言えるだろう。


 もちろん、それに伴って畏敬の方も順調に集まっている。

 つい先程、机で仕事をしていた時、チェルが突然現れてこう言った。


「おめでとうロディ、君を尊敬する人間の数が100万人を超えたみたいだよ」

「ほう。次はどんなスキルが解禁されたんだ?」

「『破壊と創造』」

「……何だそれは?」

「君の尊敬する人物を復活させるスキルと言ったら分かりやすいかな?」


 その言葉に反応して俺は思わず立ち上がった。

「間違いないな?」

 チェルは大きく頷く。俺は握り拳を作りながら、それをぶんぶんと縦に振った。達成感と安心感とで感情が溢れ、それを表現をするのが難しかったのだ。


 つい3日前にシルファから準備が整ったという連絡を受けた。その時集合の日時を決めようと言う話になったのだが、まだ予定の立っていない俺は返事を保留していたのだ。これで気兼ねなく魔王様の城へ戻れる。レースの順位としては最下位だったのは若干もやっとするが、ほぼ同時期に達成出来たので、やはり魔王様の見立ては間違っていなかったというべきだろう。


 という訳で、興奮冷めやらぬ身体を冷やすために俺はこうして外に出て仕事の続きをしているという訳だ。


 魔王様が復活したら、かつて夢に描いた理想郷を実現しよう。その為にはまだ一踏ん張り必要だし、この農場は維持、いやますます発展していかなくてはならない。四天王の頑張りと原初のエレメントによってこの国はほぼ掌握したに等しい。となれば次は海外進出。魔王様が全世界を手に入れる事。それが俺の夢だ。


「こんな所にいたのですか?」

 振り向くと、そこにタリアが立っていた。

 俺はタリアを睨みつける。

「おい、外に出るなと言っただろ。命令に背くな」

「これくらいは平気です。ちょっとくらい散歩した方が身体に良いとも聞きましたよ」


 俺は視線を下げ、タリアの膨らんだ腹を見る。

「お腹の子供に何かあったらどうするつもりだ?」

 俺は真剣に言ったつもりだったが、タリアの受け取り方は違ったようだ。


「ふふ……1年前のあなたなら考えられない台詞ですね」


 この半年で1番変わった事。それは他ならぬ俺自身なのかもしれない。


 確率は低いと聞いていたのだが、どうやら最初の1回で見事に命中したようだ。タリアの腹の中には今、俺の子供がいる。順調に行けば、約3ヶ月後には俺の子供が生まれてくる。つまり俺は魔王軍の参謀に復帰した後、パパになる。


 魔人と人間のハーフというのはどちらからも差別されがちだが、魔王様が復活すればそんな事も無くなるだろう。人間は全て魔王様の支配下に置かれる。それだけハーフも増えるだろうし、何より俺の子だ。いじめる奴がいたら殺す。


 少し気の早い話になってしまったが、その前にまず復活した魔王様に妻としてタリアを紹介しなくてはならない。まあ俺と魔王様の仲であれば、否定されるという事はないだろう。グレン、シルファ、ズーミアに報告した時は徹底的に馬鹿にされたが、魔王様が認めてくれれば奴らも黙るはずだ。そして魔王様復活後、ある程度落ち着いたら俺は正式に妻として迎え入れる。


 忙しすぎるので結婚式はまだ挙げていないが、それは魔王様の復活祝賀会が終わってからでいい。まだこの段階であまり期待させるのも悪いので、タリアにこの事は黙っている。下手したら数年後になるだろうしな。


 それにしても……。

 自分の腹を優しく撫でるタリアを見ながら俺は思う。


 それにしても、この俺が人間と所帯を持つ事になるなんて、全く持って信じられない話だ。3人に馬鹿にされた時は腹が立ったが、客観的に見ればイカれてるのは確かに俺の方だ。始まりは無理やりだったとはいえ、今俺は確かに、タリアに特別な感情を持っている。ここは潔く認めるしかない。


「寒くなってきた。そろそろ戻ろう」

 日が暮れ、ぽつぽつと星が現れた空を見上げて俺はタリアにそう言った。

「そうですね」

 自分が羽織っていた上着をタリアの肩にかけ、転ばぬように足元を見ながら背中を支えた。


 ナイラの設計した屋敷も完成したし、商売も順調で金はいくらでもある。

 魔人がこんな事を言うのもどうかと思うが、今の俺はおそらく幸福なのだろう。


 ただ、何故かたまに、例えば土を触っている時など、言いようのない不安が胸を突く事がある。何か1つ見落としているような、真に警戒しなければならない事を忘れているような。所帯を持った事で、魔人としての勘が鈍くなった可能性は否定出来ない。


 きっとこれは杞憂だ。急に俺を取り巻く環境が変わったので、心がついていってないのだろう。

そう自分に言い聞かせつつ、坂を降りた。

なんか最終回みたいですがまだちょっとだけ続きます。

次回からは第4章です。もしかしたら更新ペースを落とすかもしれませんが、エタらないように頑張ります。

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