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堆肥、雨、草むしり

 ノード村が所有している畑は4つあり、その内機能しているのは中でも1番大きな畑の一部分だけで、そこでもカブを育てていたようだが、見た所虫食いだらけの葉はしおれ、俺が育てたのに比べれば遥かに粗末な物だった。


 俺が気絶した畑は村の中で3番目に大きな畑で、既に育ったカブは村人に収穫されて跡形も無い。村人は遠巻きに俺とタリアの様子を伺うだけで、礼を言ってくる気配すら無い。ちょっと腹は立つが、仕方ない。むしろ、村長の命令とはいえ魔人と対話しようとするタリアの方がおかしいといえばおかしいのだ。


「ロディ様、こちらが村で2番目に大きな畑です」


 案内されたのは畑と呼ぶのもおこがましい代物だった。かろうじて耕されているようだが、土は乾ききっているし、雑草は伸び放題で、ボコボコと穴があいている。


「ひどい状態だな……」

「人がいないので手入れが出来ず、そのままになっているんです。ロディ様、どうかこの畑を使ってまた作物を育てて頂けないでしょうか?」

 俺は安請け合いはせず、まずは土を手で掬い、そのステータスを見る。


 ―――――――――――

  黒土

 ―――――――――――

 ・栄養度B

 ・通気性B

 ・水持ちC

 ―――――――――――

  能力付与

  なし

 ―――――――――――


 最初にカブを育てた畑と全く変わらない。という事は、同じ事をすれば同じ事が起こるという事だ。俺はチェルに小声で話しかける。


「まずは水分だったな。さっきは俺の魔力を使って地下から吸い上げたと言っていたが、他に方法はないのか?」

「あるよ。雨を待てばいい。だけど、どっちみち水持ちは良くしておかないとすぐに乾いちゃうよ」

「ふむ……」


 仕方なく魔力を15消費し、水持ちだけ改善する。最初の畑より広いので少し多めに使うようだ。

「で、次は栄養か。栄養度の項目を上げるにはどうしたら良いんだ?」

「スライドを右に動かして上げる事も可能だけど、成長促進の時と同じくらい魔力を使うから、また気絶するかもしれないね」

 それは御免被りたい。


「なら、肥料を作ればいいよ」

「肥料?」

「うん。動物のフンを発酵させた物があれば良い感じだね。用意してくれない?」

「……貴様、この俺にクソを集めて来いと言っているのか?」

「魔力を使いたくないならそうするしか無いんじゃない?」

 まるで他人事のように言うチェル。やはりこの妖精の口車に乗ったのは失敗だったか、と改めて思う。


「あの、堆肥ならありますけど……祖父が作った物が……」

 俺の言葉が少し聞こえていたのか、タリアがそう言って村の方を指さした。

「……そうか。ならば堆肥とタネ蒔きだけして、しばらく待とう。雨が降り次第、収穫出来るようにしてやる」


「あ! その前に雑草を抜いておいた方が良いかも!」

 チェルにそう言われ、急いで「雑草も抜く必要がある」と付け足した。


 するとその時、ポツ、と手に水滴が落ちた。見上げると気づかぬ内に空が曇っている。雨が降り始めた。


「あーちょうど降ってきちゃった。時間がないよロディ。早く雑草抜いて!」

「お、俺がやるのか!?」

「これも人間を支配する為だと思って、早く早く!」

「……くそっ!」


 袖を捲り上げ、裸足で畑に入り、雨の降る中片っ端から雑草を抜きまくる。魔界四天王として用意した高貴な服と装備があっという間に泥だらけになってしまった。中腰の姿勢は腰に堪えるし、ただでさえ魔力不足で疲れている所でこの労働は本当にしんどい。ひょっとして俺が人間を支配する前に俺がこの鬼畜妖精に支配されるのではないか、という疑惑が、作業中に何度も頭を掠めた。


 俺が雑草を抜いている間に、村人達は堆肥を運び、タリアが種を植え、大急ぎで畑を作る。

 2時間ほどかけてどうにか畑は形になった。


「はぁ……はぁ……。雨が止んで日が出たら収穫出来るようにする。それまで待つぞ」

 そう言って、俺はまたフラフラになった。俺は魔界四天王。決して体力が無い訳ではない。ただ、草むしりが重労働過ぎるのだ。


「ご苦労様でした」俺と同じく泥だらけになったタリアが深々と頭を下げた。「村長の家でお風呂のご用意をします。ゆっくり浸かって身体を癒してください」


 正直言って助かる。汗だくなのに雨で身体が冷えていて、何とも気持ちが悪かった。


 俺が寝かされていた村長の家に移動する。村の中では1番まともな家だが、それでも決して豪華という訳ではなく、実に貧相だ。


 服を全て脱ぎ、風呂に入る。湯船も小さいし魔王城にあったシャワーもここにはない。不満は挙げだすとキリが無いが、それでも暖かい湯に浸かると、身体からは肉体労働で溜まった疲れが染み出して行くのが分かる。


「すぐに雨が降ってくれて良かったね」

 一応用心して土のエレメントだけは風呂場まで持ち込んだが、自動的にチェルもついて来るのは失敗だったかもしれない。


「良かった事があるか! おかげで汗だく泥だらけ水浸しのへとへとだ。もう2度と草むしりはやらん」

「草むしりは、って事は農業はやってくれるんだ」

 わざとらしくチェルがそう言う。反応するのも癪に触る。


 だが、実際チェルの言う通り、人間の食糧事情を握るというのはあながち悪い手ではないかもしれないと俺は考え始めていた。土が人間を支配するというのも、最初は荒唐無稽な話だと思ったが今ならなんとなく分かる。


 土の状態が悪いと作物は育たず、作物が育たないと人間が死ぬ。回りくどい方法ではあるが、関係性としては確かに土が人を生かしているというのに間違いはない。土の状態を見極め、食糧事情を自在にコントロール出来るようになれば、人間界を征服する事も可能かもしれない。


 さっきまで草むしりをしていた男とは思えぬ程大それた野望だが、魔王様はひょっとしてここまで見越して俺に土のエレメントを渡したのだろうか。もしグレンかズーミアが今の俺の立場だったら、既に村人を皆殺しにしてさっさと魔王城に戻っていただろう。ならばこれは、俺にしか出来ない事、なのかも、しれない。


 湯船の中でうとうとしていると、外から扉が開いた。

「失礼します。お背中、お流し致します」

 入ってきたのは裸のタリアだった。タオルで前は隠しているが、横からの角度だと色々と見えそうだ。俺は浴槽の中でずるっと滑って溺れそうになった。


「ま、待て! 何を考えている!?」

 慌てる俺を他所に、タリアは湯船のへりに腰掛け、まるで俺を誘惑するかのように髪をかきあげてうなじを見せつけた。俺はその様子と耐えるような表情で、何となく察してしまった。


 おそらく、タリアはこの村を救うため俺に媚びているのだろう。報酬としての自分を確実に受け取って貰わなければ、食料が手に入らない。だからとにかく既成事実を作ってしまおうと色仕掛けに来たという訳だ。


「不愉快だ。俺はこんな事の為に野菜を作ってやった訳じゃないぞ」

 俺は股間を隠しつつ立ち上がり、そう言って風呂場を出た。

「あ……」

 タリアは何か言いたげだったが、俺はそれを無視した。

「あれ? 支配するんじゃなかったの?」

 チェルの軽口も、もちろん無視だ。


 支配はする。だが、そのやり方は賢くなくてはならない。

 欲望のままに人間を犯したり殺したりするのは、ただ単に得策ではないのだ。

 俺は誇り高き魔界四天王。特に誇り高い部分をさっさとパンツの中に仕舞って雨が止むのを待とう。

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