ノード農場での晩餐
食卓を囲むメンバーは、俺、タリア、村長。更には王都から出張中のチュートン、フレンク、ナイラ。そしてそのナイラの双子の妹であるジスカと育ての親である魔術師ホガーク。合計8人。気づけば随分と大所帯になった物だ。
当然、村長の家の中では狭すぎる為、軍の野営道具で作った簡易テーブルの上での食事となる。今日はちょうど晴れていて、月の明かりで十分だが雨の時はこうはいかない。やはりでかい家が欲しい所だ。
「ロディの復活に乾杯!」
チュートンがグラスを掲げ、他の6人はそれに従ったが、俺は軽くグラスを傾けるだけにしておいた。
「聞きたい事は山ほどあるが、まずは腹拵えと行こうじゃないか」
食卓にはノード農場で採れた野菜を使った料理が所狭しと並んでいる。キャベツと豚肉を丸ごと煮込んだポトフに、トマトとブロッコリーが大量に入ったクリーム煮、じゃがいもは揚げた物と茹でた物が並んでいて、どちらにも溶けたバターが載っている。俺が気絶している間に、タリアの判断で新しく育て始めたというニラは滋養競争に良いらしく、カブと一緒にスープに入っている。パンだけはここのではなく軍の物質から持ってきた物だが、そんなに悪くはない。
「さて、楽しく歓談と行きたい所だが、その前に1つ言っておこうか」
チュートンはそう言うと、グラスの中に入った酒を一気に飲み干し、言い放った。
「昨日の夜の声、丸聞こえだったぞ」
最初何を言われているのか分からなかったが、俺の隣に座ったタリアの耳が真っ赤になっているのを見て気づいた。
「こう言う事は隠してると気まずいからな、ぶっちゃけるなら最初が良い。これで心置きなく会話が楽しめるって訳だ。ただな、1つ言わせてもらえるなら、あまり無茶はするなよロディ。あんたは病み上がりなんだ。また気絶しても知らんぜ」
事実、タリアに激しく[ピーー]された事によって傷が開き、また治癒魔法をかけて安静にしていなくてはならくなった。それで1日余計に無駄になったのだから、これはタリアによる明確な造反行為だ。
更に悪い事に、当事者である俺とタリア以外の全員からは、俺がタリアを襲ったと見られている。そして更に更に悪い事に、ここで事実は逆だという事実を主張してしまうと、俺は自らのプライドを激しく傷つける事になる。村娘に[ピーー]される魔界四天王などあってはならない。
「いや、魔人の性欲ってのは恐ろしい物らしいからな。タリアちゃんみたいな魅力的な女の子が隣にいて、しかも生死の境を彷徨った直後とあれば分からなくもないんだが……」
逆だ。恐ろしいのは人間の女の[ピーー]だ。
「今は農場の経営が軌道に乗るかどうかの大事な時期だし、自分の身は案じて、あんまり無茶はしないでくれよ。傷がちゃんと治ったらやりまくればいい」
それも逆だ。タリアの行動は俺の身を案じての事だった。
「タリアちゃんも満更ではない様子だし、収まる所に収まったって所だが、それでも無理矢理ってのはやっぱ良くないぜ。あんたが人間社会に馴染みたいなら、もっと紳士的に振る舞うべきだ」
最後まで逆だ。隣でもじもじしながら頬を赤らめてるこの女の本性を今すぐ食卓にぶちまけてやりたいが、同じ魔人のフレンクが席についている以上、この秘密は墓場まで持っていくしかない。
「さて、俺からのちょっとしたアドバイスが終わった所で、そろそろ聴こうじゃねえか。あの日、畑で一体何があったんだ?」
さて、どこまで話すべきか。俺は食卓にいる面子を確認しつつ、慎重に言葉を選びながら食事を口に運ぶ。他の7人は食べながら俺の言葉を待っている。
やがて方針を決めた俺は、懐から土のエレメントを取り出してテーブルに置いた。
「ホガーク、これは何だ?」
元の持ち主である男に俺が尋ねる。ホガークはゆっくりと口を開く。
「『原初のエレメント』の1つ、土のエレメントだ」
それからホガークは、『原初のエレメント』がホガークの家が代々継いできたマジックアイテムである事を告白した。火、水、風、土の4つがあり、それぞれが対応する属性を司る事。魔力のある者が使えば、とてつもない事が起こせる事。そして、ある日その存在を知った勇者に強奪され、魔王討伐に使用された事。
フレンクが横から告げる。
「ズーミアが持っていた水のエレメントは今、ホガーク氏が保管している。風のエレメントは群島のシルファが、火のエレメントは新魔王軍のグレンが、そして土のエレメントは今ここにある」
真実は、ズーミアはクラリスに変身して水のエレメントを未だに所持しているし、ホガークもその娘ナイラもそれを知っているのだが、もちろんそれは伏せられている。食卓には人間の方が多いし、聞き耳を立てている兵士も近くにいるので、あくまでこれは対外向けの説明だ。
「俺はこの土のエレメントの力によってこのノード農場の畑を作った。結果は今、皆が腹に収めた通りだ」
「ああ、人間としてはありがたい活用法だな。もしあんたがグレンやズーミア側についていたらと思うと寒気がするぜ」
チュートンには悪いが、その寒気はいずれ実際に感じてもらう事になるだろう。俺は続ける。
「土のエレメントの活用にはいくつかの段階があって、4日前に俺が使ったのは『成長促進Lv3』だった。畑に植えた種を無理矢理成長させる力だ。城に納品したのはLv2で育てた物だ。この中でも何人かは食べた事があるだろう」
その何人かは大きく頷いていた。味を思い出していたのだろう。目の前に並んだ野菜料理もそれなりに美味いがLv2の品はこれとはまた別格だ。
「で、満を辞してその『成長促進Lv3』を使った結果がアレって事か?」
「……ああ」
爆発した。
間違いなく俺は何の変哲もないカブの種を植えたし、『成長促進Lv3』を使う以外に余計な事は一切していない。爆発時は周囲に人はいなかったが、俺は目の前で光り輝くカブが爆発した所を確実に見ている。
「ホガーク、何か知らないか?」
『原初のエレメント』を管理していた男ならあるいは、と思ったが空振りだった。
「私は『原初のエレメント』を継承してきたのみで、使用した事は無い。またそんな記録も残っていない。原因は不明だ」
ここでちょっと意外な人物が口を開く。村長だ。
「野菜が栄養を別の物に変えたのかもしれませんな」
「別の物?」
「そもそも、野菜が土から吸収している栄養とは別の物が姿を変えた物です。例えば炭。木を燃やして灰になった物は土に栄養を与えます。その上で作物を育てる事も出来ます。という事は、逆も可能なのではないか、と」
この老人が何を言いたいのかいまいちピンと来なかったが、察した者はいたようだ。ナイラだ。
「圧縮され、液体になった化石はよく燃えると聞いた事がある。土の中に埋まっていて、掘り返すのも扱うのも難しいけど、それを加工出来る魔術師も存在するらしい」
「化石燃料って奴か。聞いた事があるな」チュートンが続ける。「ただ、魔術で火をつけた方が話が早いからな。掘り出すのも費用がかかるし、珍しさはあるが活用はされてねえな」
「……油、島の貴重な資源。大切」と、ジスカ。どうやら実際に見た事があるようだ。
ここまでの話をまとめると、そもそも土の中には魔術を代用出来るようなエネルギー、何らかの物質が眠っており、それを普通の野菜は成長する為の栄養として扱うが、『成長促進Lv3』で育てた野菜は成長するだけに止まらず、自身を爆発するのに使っていたという訳か。
いずれにせよ、もう少し試してみなければ詳細は分からない。そうしたいのは山々だが……。
「……この話、もうやめませんか?」
気づくとタリアは俺の腕を抱き抱えるようにして握っており、真剣な表情で他の6人を見ていた。
「もうロディ様に『成長促進Lv3』は2度と使わせません。そう約束してくれました」
約束というより脅迫だったし、逆らえば次はどんな行動に出るか分からない。
「でもさタリアちゃん、これはひょっとしたら凄い発見かもしれないぜ?」
チュートンが似合わぬ優しい笑顔でそう諭す。
「駄目です」
「タリアさん、新たな魔導機械が発明出来るかもしれません。安全に配慮してもう1度実験を……」
同年代の女としてナイラが言うが、答えは同じ。
「駄目です」
こうなってしまっては、タリアに楯突ける者などいるはずがなかった。