逆
目が覚めて最初に感じたのは痛みだった。いや、この場合は痛みで目が覚めたという表現が正しいのだろうか。胸のあたりの骨に軋むような苦しさがあり、腕や下半身の方にはヒリヒリとした痒みに似た感覚がある。
喉も乾いている。口の中がカラカラで、起きると同時に唾液が染み出したのが分かった。どうにかして声を出そうとするが、かすれてしまっている。あるいは耳が遠くなっているのか、かろうじて自分の口から絞り出された僅かな声にもどこか違和感があった。
ようやく瞼が開いて、徐々に視界も焦点が合ってきた。見慣れた天井。ここは村長の家であり、俺が借りている部屋だ。稼ぎも入った事だし、早く自分用の新しい家を建てなくちゃな、なんて今じゃなくても良い考えが頭を過ぎってすぐ、いや、そんな事を考えている場合ではないと内心で諫める。
一体、何があった?
覚えてるのは、『成長促進Lv3』を試そうと、実験用の畑にカブの種を植えた事。その直前、チェルには魔力の消費で意識が飛ばない事の確認を取った。それでその後……どうしたっけ?
身体を起こそうとするが、胸だけではなく腰にも痛みが走り、一旦断念する。代わりにくぐもった呻き声が上がり、不幸中の幸いにして発声の問題は解決された。それと同時、ベッドの隣に置かれた椅子にタリアが座っているのに気づいた。タリアは小さい机に突っ伏して寝ていたが、俺の出した声に気づいたようだ。乱れた髪を持ち上げるように顔を上げ、俺を見た。
「……あ、あ、これは……何だ?」
声を調整しながら、尋ねる。質問は不正確だが混乱している事は伝わったようだ。寝ぼけ眼だったタリアの瞳へ徐々に光が戻り、次の瞬間、俺に抱きついてきた。
「かはっ!」
胸の痛みが激しさを増す。それに気づいたらしくタリアは俺から離れたが、まだじんじんと残る感覚に、俺は自分の胸をさすろうとして、包帯が巻かれているのに気づいた。胸だけじゃない。片方の足と、肩や頭にもだ。
どうやら俺は大怪我を負ったらしい。
「ロディ様!」
タリアは大粒の涙を目に溜めていたが、すぐにそれを腕で拭って、精一杯の笑顔を作って俺に見せた。だが残念ながら鼻水が垂れてる。
「本当に良かった……本当に良かったです」
喜んでいるのは分かったが、気になる事は大量にある。
「……何が起こったんだ?」
するとタリアの表情が一変し、厳しい顔つきになった。まるで子供を叱る母親のような口調で俺に言う。
「それはこっちの台詞です! 何をしたんですか!? 突然畑の方から爆発音がして、慌てて外に出たらロディ様が吹っ飛ばされていたんですよ! 幸いナイラさんの護衛隊の中に治癒魔法を使える人がいたので一命は取り留められましたが、一時期は本当に危険な状態で……」
怒濤の勢いで喋るタリアを俺は止める。
「待て。今お前、爆発と言ったか? 何故爆発が起きた?」
「ですからそれもこっちの台詞です! 何で野菜を育てて爆発が起きるんですか!?」
そう尋ねられる事により、記憶の井戸の底が段々見えるようになってきた。カブの種はいくつか撒いたが、1対しか葉っぱが出てこず、不審に思いつつも俺はそれを引き抜いた。土から出たカブは何故か白く光っていた。
で、次の瞬間にそれが爆発した。咄嗟にガードして頭は守ったが、吹っ飛ばされた衝撃で火傷を負い、その時ついでに肋骨と腰骨が折れたらしい。
「何をしたのか知りませんが、もう2度としないで下さい! 分かりましたね!?」
何故か上から目線のタリアに俺は尋ねる。
「俺が意識を失ってから何日経った?」
タリアは口をへの字に曲げながらもじわじわと溢れる涙を拭って答える。
「3日半です。チュートンさんは王都に戻りましたが、他の皆さんはまだ滞在されてます」
3日もか……。通りで魔力が有り余っている訳だ。こうしてはいられない。
「ちょ、ちょ、ちょっと! 何起き上がろうとしているんですか!?」
俺の上半身をタリアが止める。力が上手く入らずにベッド側に押し倒され、また痛みが走った。治癒魔法をかけられているとはいえ、きちんと骨がくっつくまでにはそれなりの時間がかかる。
「回復した魔力が勿体無い。続きをせねば」
カブが爆発した原因を突き止めなければならない。チェルを問い詰めた所でロクな答えが返ってこないのは分かっているし、ここは実践あるのみだ。酷い目に合ったのは確かに事実だが、同時にチャンスでもある。これは紛れもなく『新しい力』だからだ。
俺が再び身体を起こそうとすると、タリアが深く息を吸いこんで、大声と共に吐き出した。
「バカなんじゃないですか!?」
思わず俺もビクっとした。タリアが口汚い言葉をこんなに堂々と、しかも俺に向かって言うなんて信じられなかった。さっきから泣いたり笑ったり怒ったりと喜怒哀楽で忙しい奴だとは思っていたが、今のは怒りと言うよりは威嚇の領域だった。
「一体私がどれだけ心配したと思ってるんですか! いいから、もう2度としないと約束してください! 早く!」
タリアは優秀な秘書だし、この農場を支える柱でもある。だから多少の行き過ぎた行動は大目に見てきたし、いつかは重要な判断も一任出来るように育てるつもりだった。
だが、俺の行動にケチをつけるのならばそれは咎めなければならない。
大声を出すと骨に響くので、俺は声量を抑えつつ告げる。
「お前に指示されるいわれはない。俺は自分の目的の為に行動する」更に淡々と続ける。「2度と同じ失敗はしない。お前が心配するのは勝手だが、好きにやらせてもら……」
言い終わる前に、タリアが跳んだ。そして俺の身体の上に乗っかる。激痛が走る。
「ぐっ……な、何をして……」
尋ねようとすると、タリアはブツブツと小さな声で何かを喋っていた。
「……さっきベッドに倒した時、ロディ様全然力が入ってなかった。……今ならいける。……今ならいける」
「ま、待て。何をしようとしている?」
俺の質問には答えず、タリアは俺の身体に乗ったまま次々と服を脱いで行った。
「おい馬鹿やめろ! これは命令だぞ!」
「ふっふっふ……まだ分かっていないみたいですね。命令は強い者から弱い者にする物です。今この瞬間に限り、私はロディ様より強い」
こ、こいつ……。
目が『マジ』だ。
「待て。分かった。やめよう。しばらくは安静にする」
「しばらくぅ……?」
「……ちゃんと身体が治るまでは何もしない」
「治るまでぇ……?」
そんなやりとりをしている間もタリアはどんどん服を脱ぎ、やがて[ピーー]が露わになったが、こんな状況では色気もへったくれもない。どうやってこの窮地を抜け出そうかと考えている間にタリアはそれを俺の顔に押し当て、片手で[ピーー]をまさぐってきた。
「や、やめろ。やめてくれ。ちょっと待て。お前自分が何をしているか分かって……」
「照れてるんですかぁ? この3日間、私はずっとロディ様のお身体を拭いてたんですから、今更ですよぉ? あ、ほら、だんだん[ピーー]……」
痛みと混乱の中から、俺は以前にタリアが言っていた事を思い出す。
「もう少し駆け引きを学ぶんじゃなかったのか? こんなやり方でお前は満足なのか?」
我ながら良い切り返しだと思ったが無駄だった。
「学んだからこうするんです」タリアはあっさり答える。「これが魔人流ですよ」
それは魔人への風評被害だ。だがそう訴えてみた所で何も変わらないだろう。
その後、何とか逆らおうとしてみるが、やはり身体が思うようには動かず、俺はされるがままにタリアと初めての夜を迎える事になった。
1つだけ言えるのは、魔人を[ピーー]する村娘なんぞ、聞いた事がないという事だ。