畑の復旧
留守の間はタリアの祖父である村長に畑を任せていた。俺が不在だったのはたったの2週間だが、畑自体は『土加速』によって時間経過が早くなっている為変化は激しかった。
まず結論から言えば16枚の畑の内4枚は駄目になっていた。村長はこの事について何度も謝ったが、俺は別段気にはしていない。というより、むしろ全滅してなかっただけ上出来だと思う。だが一応経緯は聞いておこう。
「ロディ様が王都に旅立たれてすぐ、ポロドからジャガイモの増産依頼が来ました。とにかく在庫が足りないそうで、引き取り価格も1.5倍にするという提案です。魅力的に思えましたが、私はそれを断るつもりでした。ロディ様の作ってくれた畑は収穫ペースが早すぎますし、既に私の理解を超えています。管理しきれないと直感したのです」
「ポロドに言いくるめられたか」
「……否定は出来ません。曰く、もしロディ様が村にいたら必ず話を受けていた、と。ロディ様不在の間畑を預かっているのであれば、利益を最大化するのはあなたの義務だ。生産拡大のチャンスを逃すはずがないとも言われました」
確かに、俺がいたらその話は受けていただろう。ジャガイモがそこまで人気なら、他の野菜の収穫を止めてでも作りまくる。
「それで試しにジャガイモ畑を2枚増やしました。当然利益は上がりましたが、街での人気も更に上がってしまったようです。他の農家が育てていない事もあって、市場が独占状態だったのです。ジャガイモ畑を更に2枚増やした時、異常が起こりました」
「連作障害か」
答えを急ぐ俺の言葉に、村長は苦しそうに頷いた。
「……そうです。私も農業一筋50年生きてきましたから、その恐ろしさは理解しています。しかし、ロディ様の与えてくれた畑では問題が今まで起きていなかったので油断していました。申し訳ありません」
連作障害とは、同じ畑で同じ作物を育てると起こる現象だ。
「大体分かった。あとは土に聴こう」
話を終えて畑に出ようとすると、村長が俺を引き止めた。
「あの……私はどうやってこの罪を償えば……」
「留守の間ご苦労。ゆっくり眠らせてやろう」
顔面蒼白になる村長。前にもあったなこのやりとり、と思い出して俺は訂正する。
「いや、良い意味でな? 普通に休んでていい。咎めなどない」
「……殺されるのかと思いました」
魔人の見た目はこういう時厄介だ。
駄目になった畑に出た俺は、手を置いてそこにいる者を呼び出す。
「菌類統率者、いるか?」
「はい。おかりなさいご主人様」
側から見れば地面とお喋りしているやばい奴だが、実際も地面とお喋りしているやばい奴なので仕方ない。
「俺の留守中に酷い状態になったようだな。土の状況はどうなっている?」
「栄養に偏りが出てます。それに特定の菌類が繁殖しすぎていて私1匹の手に負える状態ではありません」
「……ふむ」
やはり連作障害で間違いないようだ。同じ作物を育てる事でその作物が必要とする栄養が土からごっそり無くなり、その作物を好物とする菌が繁殖しすぎる。これによって土がバランスを崩し、機能しなくなる。
解決策は1つ。畑を休ませて正常に戻す事だ。
「どれくらい時間をかければ元に戻る?」
「今のままですと、2週間ほどですね」
「分かった。『土加速』を更に2倍にしておく。菌類統率者も探してきて援軍を送る」
駄目になったあと3枚の畑も同じ状態だった。今は問題のない他の畑も一応見ておく。以前に比べて肉体の負担は少ないが、考える事は多い。魔力の残量と相談しつつ、効率よく回していかねばならない。
「こいつは驚いた。本当に土と喋れるんだな」
夢中で仕事をしていたせいで、背後にチュートンが立っているのに気づかなかった。
「盗み聞きとは感心せんな」
「あんたの独り言だと勘違いしまってな。すまんすまん」
ドラッドによる奇襲を受けた直後の怯えはどこかに消え、図々しい口ぶりを取り戻している。
「一通り農場を回らせてもらったが、正直言って驚いたぜ。成長の早い畑、魔導機械で半自動化された農作業、ゴブリンによる運搬、挙句の果てには地形まで弄ってるだろ? 正直言って、こんな常識外れの農場は今まで見た事がない」
流石に商人だけあって違いにはすぐ気づいたようだが、最も重要な所を分かっていないようだ。
「もう野菜は食ったか?」
「ああ。いくつか昼に頂いた。どれも一級品だな」
「その様子だと、まだ本物は食べていないようだな。夕食に期待しておけ」
俺が大口を叩くのには根拠がある。
実は王都滞在中、俺の人気が上がる事によって畏敬が500に達したのだ。そこで新しく解放されたのは『成長促進Lv3』つまり今までよりも上の野菜が育てられるという事になる。俺もまだ食べていないが、Lv2ですら人を魅了するには十分だったので、Lv3ともなればどれだけ美味い物が食えるのか、実に楽しみだ。
「あんたがそこまで言うなら期待しておこう。まあ、ノード農場からの納品は利益が低すぎてやる気が出ないかもしれんがな」
「なんだ? まだ交渉の件を根に持っているのか?」
「おっと誤解するなよ。決められた事はきちんと守るし、商売に手を抜くつもりはねえ。だが個人的なやる気の有無については仕方がないってだけだぜ?」
俺の新しい野菜を食べても同じ事が言えるかどうか、これもまた楽しみの1つだ。
「他農場への出張はいつから始める?」
帰ってきたばかりだしもう少しゆっくりさせて欲しいというのが正直な所だが、グレンに半年後と約束した手前、そうも言ってられない。どの程度の畏敬を集めれば魔王様を復活させられるのか分からない事もあり、今日から俺に休日はない。
「畑を立て直すのに1週間かかる。それを見届けてから出発になるな。条件を満たす農家の情報があればあらかじめ貰って吟味しておこう」
「了解だ。ここみたいな農場がいくつも出来れば、世界を牛耳る事なんて楽勝だぞ」
最初からそのつもりだ。とは口に出しては言わなかったが、否定もしないでおこう。
「じゃあまた夕飯の時に」
「ああ」
さて、次は久々に『成長促進』を使った野菜作りと行こう。
「チェル、出てこい」
「やあ、どうしたんだい?」
畏敬の件についても聞きたいが、今はまだいい。
「これから『成長促進Lv3』を使おうと思うんだが、何か気をつけておく事はあるか?」
最初にこの畑で気絶してからかなりの時間が経ったが、俺は今でもあの時の失敗を忘れてはいない。同じ轍を踏むのはやめておこう。
チェルはあっさり答えた。
「食べられなくなる」
俺は自分の耳を疑い、尋ねる。
「……今何と言った?」
「『成長促進Lv3』で育てた野菜は食べられないよ」
全く意味が分からない。もう1度聞き返してみたが、返ってきた答えは同じだった。
「食べられない野菜を作ってどうする?」
「さあ?」
チュートンに大見得を切った挙げ句、「これがうちの名物『食べられない野菜』だ」と言って食卓に謎の物体を並べる自分の姿を想像して、俺は頭を抱えた。
「そもそも野菜は人間に食べられる為に育ったり増えたりしてる訳じゃないしね」
チェルの言葉に俺は反論する。
「理屈は分かるが、食べられない野菜に何の価値がある?」
「知らないよ。作物にはまだ『先』があるって事じゃない?」
よし、こいつは話にならん。どうやら実際に育ててみるしかなさそうだ。