長男登場
王都にやってきた時は、乗り合いの安い馬車で他の乗客に文句を言われながらだった。城に納品する為の野菜は途中までゴブリンに運ばせて、人の目が届く範囲からは金を払って輸送した。その分、俺とタリアの移動費には金をかけられず、肩身の狭い思いをする羽目になったのだ。
それに比べてノード農場へと戻る道中はどうだ。2人で貸し切りの超豪華な馬車。広々とした車内にはちょっとした家具まである。車輪が良いからか揺れも少ない。
後方には商人組合の長であるチュートンが乗る馬車とナイラが続く馬車の合計3台が並び、総勢100名の精鋭騎士団が周囲を警戒しつつ進んでいる。
「足を伸ばして寝転がれる馬車なんて初めて乗りました」
俺が椅子に座って机で書き物をしている一方で、タリアはそんな事を言いながらベッドに寝転がっていた。
「こんな大所帯で帰ってきたらお爺ちゃん腰抜かしますよ」
タリアの言う通り、今回の王都遠征では俺が想定していたよりも多くの収穫があった。出発時は、ナイラを救出するついでに小麦の栽培許可と新しい販路が手に入れば御の字くらいに思っていたが、実際に得たのはそれらに加えて使い切れない程の大金と、商人組合との独占契約、そして俺の人気だ。最後のが一長一短ある事と、ナイラがうっかりと王になってしまった事を除けば十分すぎる成果と言えるだろう。ズーミアと手を組んでおいたのは正解だった。奴を敵に回していたらこうはならなかっただろう。
ナイラとは出発前に10分だけ話が出来た。とにかく様々な決まり事で縛り付けられていて、機械弄りすら出来ない事を嘆いていたが、クラリス大臣の助力もあってどうにかノード農場への旅が認められたようだ。名目としては土のエレメントを利用した新世代農場の視察という事になっており、日程も3日間しか取れなかったが、本人は何だかんだと理由をつけて城に戻る気は無いらしい。
クラリスに変身したズーミアもその方が都合が良いらしくし、協力と監視を兼ねてヘカリル家の次男フレンクをこの馬車の護衛につけた。
フレンクは、パリシアが濡れ衣を着させられて死んだので、今は俺と同様完全に魔人の見た目で仕事をこなしている。これまた俺と同様に「人間の味方」である魔人の演技をしており、少しやりとりしただけだが、弟2人と違ってなかなか抜け目のない男だ。寝首をかかれないように注意しよう。
「農場に戻ったら、フレンクさんの弟であるサルムさんは解放するんですか?」
口に出して考えていた訳ではないので、いきなりタリアにそう尋ねられて俺は少し驚いた。
「……そのつもりだが、どうしてだ?」
「いえ別に。ただ、フレンクさんについて考えてそうだったので聞いてみただけです」
何だかんだで長い事一緒にいるし、前から思っていたがこいつは他の人間に比べても賢い。
「何を根拠に俺の考えている事が分かったんだ?」
興味本位で聞いてみると、タリアは俺を真っ直ぐ見たまま、口元だけ笑っていた。
「さて、何ででしょうね」
……こいつにも、寝首をかかれないように注意しよう。
城を出発し、一夜明けた朝。事件は起こった。
良い馬車で護衛も沢山いて、実に快適な旅だと思っていたのだが、それだけの用意をするのにはそれなりの理由がある。自分が魔人であるからなのか、脅威に対する危機感が薄かった事は確かに認めよう。
「敵襲だ!」
最初に俺とタリアが乗っている馬車の後方から声がした。チュートンがいるあたりだ。俺は窓から顔を出して様子を伺おうとしたが、既に警戒態勢の味方兵士達が馬車を囲んでおり、いまいち分からない。
「ロディ様!」
「見に行ってくる。お前はここで待ってろ」
「つ、ついて行きます!」
「足手まといだ」
そう吐き捨て、俺は馬車から飛び出る。一応斧だけは持ったが、敵の数がどれくらいかは分からない。そもそも敵が何かも分からない。味方の兵士達には危険なので外に出ないようにと止められたが、少なくともこいつらよりは俺の方が強いので、無視して先に進む。
後ろでは、チュートンの馬車が襲撃を受けていた。襲撃犯の正体はすぐに分かった。かつて俺が魔王様に命じられて用意した、魔人用の白兵戦装備に身を包んだ魔人軍。今では他ならぬグレンの部下達だ。
「貴様ら! 何をしている!」
腹から大声を出して威嚇する。何をしているも何も襲撃しているのは見ただけでも分かるのだが、少なくとも注目を集める事は出来た。何人かの魔人が俺の姿を確認し、敵か味方かの判断に困っているようだった。それなら、ここは名乗っておいた方が良いだろう。
「俺は魔界四天王のロディ! その馬車は友人の物だ。離れろ!」
突然の襲撃に、前方の兵士も後方の兵士も自分が担当する馬車を守るように動いている。戦を仕切れる者もいなかった為、初動に遅れが発生した。相手はそれを見越して、横っ腹を急に突いてきたという形だ。人数はこちらの方が2倍くらい多いが、決して行き当たりばったりでは無い。
半分くらいの魔人は、突然の魔界四天王登場に狼狽えていたが、もう半分は気にせずに仕事をこなそうとしていた。生き残っている人間の兵士と魔人の兵士が剣を交える一方で、馬車からチュートンが引きずり出されそうになっていた。場は混沌としている。
「あんたがロディか」
俺の前に出てきたのは大剣を携えた魔人だった。俺よりも大柄で、その辺の兵士と比べると子供と大人くらいの差がある。装備からしてこの部隊の指揮官だろう。
「この腰抜けの裏切り者が!」
罵倒と同時、その魔人は大剣を構えながらこちらに突っ込んできた。重さを感じさせないくらいに鋭い振り下ろし。俺は咄嗟に斧を出したが、触れた瞬間そのパワーに気づき、まともに受けたら腕ごとへし折られると判断し、横へ流した。
そのまま後退りする俺に、その魔人は唾を撒き散らしながら吠えた。
「かかってこいよ! 魔界四天王なんだろ!? あぁ!?」
この馬鹿力、粗暴な性格、誰かと似た顔。覚えがある。
「ドラッド兄ィ!」
後方でナイラの警護にあたっていたフレンクがようやくこちらに来たようだ。兄の名前を呼ぶが、その兄は弟に振り向きもせずに俺を睨んでいる。
「俺だよ、フレンクだよ。ドラッド兄ィ。一体どうしたってんだ?」
「人間を襲うのは魔人として当たり前の事だろうが。お前は引っ込んでろ」
いきりながらドラッドは再び俺に攻撃を仕掛けてこようとした。フレンクはどうして良いか分からないらしく、武器すら抜いていない。
何となくだが事情は読めてきた。
「ドラッド、グレンの許可は貰ったのか?」
ドラッドの剣が止まった。
「グレンの許可を貰ってこの馬車を襲っているのかと聞いている。答えろ」
「あぁん? 許可だとぉ?」
俺自身はしばらく話していないが、少なくともグレンはズーミアの計画を知っている。ここでナイラに死なれると、元近衛兵隊長として王家の後ろ盾が無くなり、クラリスとしての立場がやや危うい物になる。
その辺の事情をどの程度まで伝えているかは知らんが、少なくともこれから人間を操るにあたっては、こちらの事は放っておけとグレンには伝えているはずだ。という事はつまり、この馬鹿の襲撃はグレンにとって、というより新魔王軍にとってプラスにならない。
「この襲撃はお前の独断か?」
「お前は俺の弟を殺した。報いを受けさせてやる」
質問に答える気はないらしい。仕方ないので戦おうか。