仕事内容とその報酬
はっと目が覚めると、俺はベッドの上で横になっていた。
周りを見渡すと、ボロボロの壁に使い古された家具。魔王城で暮らしていた自室に比べると遥かに粗末な部屋。俺はここまでの経緯を思い出す。
魔王様に土のエレメントを託され、人間を支配する使命を与えられた俺は、寂れた村ノード村にやってきて、自分の魔力を使ってカブを育てた。訳の分からない流れだが、記憶ははっきりしている。最後には死を覚悟する羽目になったが、どうやら俺は生きているようだし、身体も拘束されていないので、人間達に捕まった訳でも無いようだ。
すると突然部屋の扉が開き、あのタリアとかいう娘が入ってきた。
「あ、お目覚めですか? ちょうど良かったです」
その手にはボウルとスプーン。警戒している俺をよそに、ベッド脇のテーブルにそれを乗せる。
「ロディ様に育てて頂いたカブを使ってスープを作りました。良かったらお召し上がりください」
俺はベッドから起き上がり、それを見る。何とも貧相な飯ではあるが、カブはやたらと大きい。
「これが……あの畑で採れたカブか?」
「ええ、そうです。とても驚きました。本来なら収穫まで2ヶ月かかるカブが、たったの5分かそこらで完全に成長したのですから。しかもこれ、とってもおいしいんです」
そう言ってタリアは僅かに微笑んだ。人間の笑顔なんてほとんど初めて見たので、俺は思わず怪訝な顔をしてしまった。なんとなく気まずくなったのか、タリアは恥ずかしそうに顔を伏せた。
せっかくなので食べてみよう。確かに腹は減っているし、俺が育てた物なら食べる権利はあるはずだ。
「……美味いな」
よく煮込んでいるおかげか、口に入れた瞬間、カブがほろほろと崩れる。細切れにされた葉の食感も良い。味付けはシンプルな塩味だが、それだけではなくきちんとカブの味がスープが染み出している。自画自賛のようだが、これは俺の育てたカブが良い仕事をしているのではないか?
「ですよね!?」
急にタリアが大声を出したので、俺はビクッとしてスプーンを落としそうになった。
「あっ……すいません、いきなり。失礼しました」
そしてまたうつむき、上目遣いにこちらの様子を伺っている。
「……お前がここまで俺を運んだのか?」
「はい、そうです。1人では無理だったので、村の人と協力して……」
「……何故その時俺を殺さなかった?」
「こ、殺す? どうしてですか?」
俺はタリアを見つつスープを一口飲む。暖かい。
「俺は見ての通り魔人だぞ。人間の敵だ。そんな奴が目の前で失神していたら、殺す方が自然だろう」
「で、でも、あなたはこうしてとても美味しいカブを作ってくれました。悪い人ではなさそうだなって……」
「そもそも人ではないがな」
「すいません。失礼でしたか?」
「いや……」
気づけば俺はカブのスープを完食していた。
「あの、少し言い辛いんですが……」
「なんだ?」
「もしよろしければ、他の畑でも同じ事をして頂けないでしょうか? 美味しいカブは手に入りましたが、それだけだと心もとなく……あ、もちろんまた気絶してしまった場合は私がきちんとお世話を致します。報酬もお支払い致しますので、どうか……」
その態度からして、おそらくはあの村長から俺に頼むように命じられているのだろう。まあそうでなくとも、相手からすれば滅多にない機会ではある。飢えた村へいきなり食料の供給。その出所が魔人だろうが何だろうが、頼れる物には頼っておこうといった所か。
「あんな奇跡、今まで生きてきて見た事がありません。あなたはこの村の救世主です」
露骨に俺をおだてるタリア。相手は人間だが、そう言われて実際悪い気はしない。
この村において食料の確保は死活問題なのだろう。俺に見捨てられれば、立ち行かなくなる程に困窮しているという訳だ。
俺はボウルを置き、タリアに向かってはっきりと告げる。
「断る」
兵を失い、無一文で放り出されたとしても俺は魔人貴族なのだ。人間に鍬の代わりに使われる事などあってはならない。それに野菜を育てる度に気絶していたら、その内この村自体が盗賊か何かに襲われて、気を失っている間に死んでいる可能性すらある。
「そう……ですか」
悲しげなタリアに、全く胸が痛まないと言えばそれは嘘になるが、意思は変わらない。
「あーあ、タリアちゃん可愛そうに。きっと説得の失敗で村の人に怒られるんだろうなあ」
余計な事を言うチェルを無視して、俺はベッドから起き上がる。まだ少しフラつくが、こんな村にずっといても仕方がない。さっさと出て行こう。
「せっかく人間を支配するチャンスだったのになあ」
「……何だと?」
チェルの言葉に思わず反応してしまった。
「前にも言ったじゃないか。土のエレメントは人間を支配出来るって。見てみなよタリアちゃんを。畑を餌にして少し脅せば、何だってしてくれそうだよ?」
妖精の割に意外とえげつない事を言う奴だとは思ったが、確かにチェルが言う通り、タリアはどうにか俺を引き止める理由を探しているようだった。
「空腹を知っている人間は何よりそれを恐れるからね。救世主と支配者の違いなんて紙一重さ」
「……ふむ」確かに、その言葉は一理あるが問題もある。俺はタリアに聞こえないよう小声でチェルと話す。「だが、野菜を作る度に気絶するのは御免だ」
「上手くやればしないよ」
「あ?」
「『成長促進Lv1』は、作物の成長に欠かせない物を魔力を使って自動で補うからね。今回は地下から無理やり水を引き上げたのと、足りない栄養を補完したのと、2ヶ月分の太陽の光を集めるのに魔力を割り振ったからロディがパンクしたんだよ。日照経過だけなら全然大丈夫だと思うよ。データにするとこんな感じ」
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ロディ 魔人
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魔力 20/100
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実行したスキル
→成長促進Lv1
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・水分供給:消費魔力35
・栄養補完:消費魔力40
・日照経過:消費魔力20
合計消費魔力95
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土のステータス画面と同じように、俺の目の前に表示された表。分かりやすいのは結構な事だが、分かるなら事前に説明しておけという怒りも同時に込み上げた。
「消費魔力の合計がロディの最大魔力を超えたから魔力不足で気絶したって訳。つまり、『成長促進Lv1』を実行する前にちゃんと水と栄養を与えて、晴れの日に実行すれば問題ないよ」
表にある数字を見ていて俺は気付いた。
「おい待て。消費魔力の合計は俺の魔力を超えていないぞ」
「『成長促進Lv1』を実行する前に土のステータスをいじって水持ちを良くしたでしょ? あれで魔力10使ったからね」
だからそれを先に言えと。勝手に俺の魔力を使うなんて、ほとんど呪いのアイテムじゃないか。
「……いいか、これからは俺の魔力を使う時は事前に必ずこのデータを表示して許可を取れ。今度勝手に使ったら土のエレメントごとお前を海の底に沈めるからな」
「お。これからも土のエレメントを使って農業をしてくれるって事だね? やったー」
くっ。何なんだこいつは。
「……あの、大丈夫ですか?」
ずっと1人でぶつぶつと喋っている俺を見かねて、タリアが心配そうに顔を覗き込んできた。
「問題ない。それと1つ確認したい事がある」
「何でしょう?」
「さっき俺が畑を手伝ったら報酬を与えると言ったが、その報酬とは具体的に何だ?」
「……私です」
「何だと?」
「この村には、もう財産がありません。差し出せるのは私の肉体くらいです。もしあなたが食料を十分に与えてくださるのなら、私は奴隷としてあなたの所有物になります。食べるなり犯すなり好きにして頂いて結構です」
不自然なくらい毅然とした態度から、それが元々用意していた台詞なのが分かった。しかし魔人ゆえの仕方なさもあるが、やはり相当イメージは悪いらしい。
「ね? 土を操れば支配なんて簡単なんだよ」
この妖精、非道か?
「……いいだろう。ならばまずは俺を畑に案内しろ」