祭りのあと
「あれ? その格好は?」
「……何がだ?」
「着替えなくて良いんですか? いつもの奴隷服に」
「室内だから構わんだろう。他人の目はない」
「でも一応着替えて置いた方が良いと思います」
「……いや、いい」
「着替えましょうよ、奴隷服に。一応首輪もつけて……」
「……」
祝祭が終わった翌朝、宿泊中だった宿屋に帰った俺は、タリアから随分な歓迎を受けた。3日前から王都内に宿を取って滞在していたが、怪しまれないようにゼンヨークでも使った奴隷服作戦を不服ながら再度実行していたのだ。何故かタリアが気に入ってる事に若干の恐怖を覚えたが、昼間の街を歩くのには必要な措置ではあった。帰りは馬車で送ってもらったので、着替える必要はなかった。
「それで、上手くいきましたか?」
普通ならそっちを先に確認するだろうと思ったが、口には出さず俺は答える。
「ああ、まあな」
「これで王都で大々的に私たちの野菜を売り出せますね。委託業者は見つかりました?」
「まだだが、ズ……」ーミアと言いかけて、俺は訂正する。「いや、クラリスが紹介してくれる手筈になっている」
「ここでは2人きりですし、本当の名前を出しても別に構わないのでは?」
「盗み聞きを心配している訳ではない。こういうのはついうっかり出てしまう物だからな。クラリスという新しい名前に慣れておいた方が良い。お前もだぞ」
「はい、分かりました」
クラリスに変身し、王宮に潜入していたズーミアのやり方は正直言って同じ魔人であり仲間という立場にある俺から見ても恐ろしい。
シンプルな話、王宮内に潜入して要人を皆殺しにするだけならば奴の能力と水のエレメントがあれば簡単な事だった。水のエレメントは、近くの水分を操作する為、水分の欠かせない人体を破壊するのにはこれ以上なく向いており、自由に暗殺が可能だった。対象に近づく事さえ出来れば、例え壁を隔てていたとしても証拠を残さずに人間を殺せるからだ。
だが、俺達の目的はあくまでも人々の畏敬を得る事であって皆殺しではない。グレンの奴は勘違いしているかもしれないが、ただ殺して恐怖を与えるよりも、効率的な方法がある。ズーミアはそれを実行した。
必要なのは物語だった。例えば、王座に1番近い女性に成りすまし、それ以上の人間を全員暗殺したとしよう。だがそれで得た権力は、貴族達から疑いの目を向けられ、民達からの了承も経ていない。盤石とは程遠い物だ。不審な死が続けば当然捜査もされる。1番疑われる立場にいる事は得策ではないし、いざ包囲されて人海戦術で攻められれば、流石に水のエレメントといえどズーミアの命を守りきれる物ではない。
そこで、ズーミアが選んだのは王宮内の警備を取り仕切る女近衛兵隊長に成りすます事だった。過去の実績から王からの信頼も厚く、天涯孤独の身であり、連続殺人が起きた時に捜査をする側の立場にいる人物。疑う側になれば疑われる事はない。
一方で、魔界から連れ出した部下を使って地方の下位貴族の調査を行った。結果的に犠牲者となったパリシア以外にも他の下位貴族に対して部下を使ってアプローチをしていたらしい。日々の生活に不満を持ち、上昇志向がありつつも魔人との交際を嫌がらず、「堕ちる」人物。それがたまたまパリシアだった。
そしてヘカリル家の次男フレンクがパリシアを籠絡し、偽の計画を実行する事に同意させた。王族殺しは重罪であり、水のエレメントが無ければ実現は難しい。だがフレンクへの信頼がパリシアの判断を曇らせた。
ちなみにフレンクとは、王都でのゴタゴタがある程度片付いた後にちょっとした約束をしている。彼自身が愚弟と呼ぶサルムに関しての事だ。もちろん、三男ジョリスを俺が殺した事も既に伝えてある。
「すぐ村に戻りますか?」
タリアに尋ねられ、俺は少し考えてから首を横に振った。
「いや、少し街を見てきてくれないか?」
タリアの顔が明るくなったので釘を刺しておく。
「遊びじゃないぞ。野菜を取り扱う商人とのコネが欲しいし、育てる麦の品種も選ばなければならない。直営店の計画はすぐには始まらないが、下見くらいは出来るはずだ。魔人の俺があちこちうろうろするのはまずいから、まずはお前が調査してきてくれ。交渉が必要なら俺が出向く」
タリアは少しだけ残念そうな顔をしたが、それを悟られまいと「分かりました」と答えるとすぐ後ろを向いて出かける準備をし始めた。
「……まあ、夜になったら少しくらいは一緒に出かけても大丈夫かもしれん」
振り向いたタリアの顔が俺が想定したよりも3倍くらい笑顔だったので、期待させ過ぎたかと思い少し訂正をする。
「酒場なんかで派手に遊ぶのは無理だぞ。その辺を散歩するだけだ。魔人がどう思われるかはお前でも分かるだろう?」
「それでも十分です」
「そ……そうか」
タリアを見届けた後、俺は宿屋のベッドで倒れるように眠った。
祝祭の最中はしこたま酒を飲まされたし、「人間に協力的で従順な魔人」の演技は慣れてない分すごく疲れた。極めつけは、野菜に関する矢継ぎ早の質問。
「どこで育てている?」「どんな工夫をしている?」「出資して欲しくないか?」「農業の指導が出来るか?」「何故こんなに美味い?」「他にも野菜の種類はあるか?」「魔力が上がった気がするがこれは気のせいか?」
その場で答えを出すには難しいか、あるいは秘密にしておくべき物が多く、かといって貴族からの質問を邪険に扱うのはよろしくない。愛想笑いと曖昧な答えでかわし続けるには限界があり、まだ人間の世界に慣れていないという事も説明したが、あの手この手で近づいてくる奴が耐えなかった。最終的には酒に酔わない体質の俺も、沢山飲んで酔ったフリをするしかなかった。
体力より精神面の消耗が激しかったので、とりあえずたっぷり眠らせてもらおう。
感覚としては、一瞬の事だった。
「ロディ様。起きてください。ロディ様」
タリアの声だ。薄目を開けて窓の方を見ると、まだ明るい日差しが入ってきている。眠った時間としては2,3時間だろうか。
「……何だ?」
少し不機嫌に尋ねると、タリアの手には号外が握られていた。田舎には届きすらしない、王都での最新情報を伝える新聞だった。
「これ、見て下さいよ」
俺はタリアからそれを受け取り、目をこすりながら字を追う。
『国王ゴドリック死去、新たな王の名はナイラ』
衝撃的な見出しだが一部始終を生で見ていた俺からすると、号外が出るのも含めて当たり前の事だ。紙面に載ったナイラの似顔絵はよく似ていると感心するが、わざわざ俺の眠りを妨げるほどの事とは思えない。
「裏です裏」
タリアにそう言われて、俺は新聞を裏返す。
そこにあったのは、親しみやすそうな笑顔を浮かべる1人の魔人の似顔絵だった。
「……誰だ?」
見出しに目を向ける。
『魔人農家ロディ氏。元魔界四天王であり、国民の強い味方』
「……ロディ様のこんな満面の笑み、見た事無いですよ」
タリアの意見には賛成だ。俺自身も今まで見た事がない。記事を少し読むと、祝祭に持ち込んだ野菜は貴族に大絶賛され、新王ナイラとは以前からの知人関係にあり、元四天王でありながら魔界を裏切って人間側につき、その証拠に同僚のズーミアの処刑に協力したという事が書かれている。まるでヒーローのような扱いだ。
そこで俺は思い出した。ズーミアの茶番劇に協力する報酬として、俺の野菜が王都で売れるように取り計らってくれるように頼んだ事を。号外の発行スピードと良い、おそらくあらかじめ手回ししておいたのだろう。わざとらしいくらいの笑顔も、イメージ戦略の1つという訳だ。
「俺をマスコット扱いしやがって……」
毒づいてみるが、確かにこれで目的自体は達成しやすくなった。
その時、こんこんとドアをノックする音。タリアが開けると、そこには宿屋の主人が立っていた。
「あのぉーロディ様。心ばかりのサービスといたしまして、昼食を用意させて頂きました。良かったらお召し上がり下さい。もちろんお代は結構ですので……」
その手には起き抜けにはきついくらいの豪華な食事。昨日まで俺を魔人奴隷として蔑んだ目で見ていた男と同一人物とは思えない程にへりくだっている。
それを見てタリアが言った。
「これなら、一緒に街を見て回れそうですね」