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玉座の偽証

 近衛兵隊長クラリスが次々と挙げる証拠に、パリシアは段々と追い詰められていた。ゼンヨーク時代からの目撃証言、ラグナスとの夫婦関係における変化、そして水のエレメントという物的証拠と、側近であるフレンクの告発。それら全てが示しているのは、パリシアが魔人ズーミアである事。

 祝祭は既に公開裁判に変化していた。


 無論、一連の流れは全て大臣や将軍、役職を持つ全ての貴族達が見ており、彼らには民達を従える為の権力がある。王が一時的な不在となった今、これから行われる事は全て後に歴史となるだろうというのが、この場にいる全員の共通認識だった。


「ふっふっふ……ははは……あっはっは!」

 大体の証拠が並べ終わった後、両腕を縛られたパリシアが突然笑い出した。全てを諦めて白状するというよりは、何かに気付いて、それがおかしくて仕方がないという雰囲気だった。


「クラリス、貴様だな?」

 手の使えないパリシアは、せめて視線を真っ直ぐに向けて威嚇する。

「貴様の正体がズーミアなのね。フレンクを派遣して私を堕落させ、水のエレメントも渡し、それを使うように仕向けた。私はフレンクの言いなりになって、邪魔者や王子達を次々と殺した。全てはお前の計画通りだった訳か。いつの間にか私は、お前のスケープゴートにされていたのよ」

 クラリスは何も言わず、ただじっとパリシアを見下ろす。

「王が死んで役割の無くなった私を処刑して、一体これからどうするつもりなの? ……いや、答えなくていいわ。ふっふっふ……。分かった。お前の狙いは全部……」


 パリシアの発言を、ほとんどの人間は苦し紛れの妄言だと受け取ったが、中にはクラリスに疑いの目を向ける者も僅かながらいた。変身する魔術というのが真実なら、確かにその可能性もある。それどころか、自分の隣に立っている人物にさえ犯人である可能性が生まれる。


「見分ける方法がある」

 そう言ったのはロディだった。

「ズーミアの変身能力は、魔石を加工して作った石鹸によって他人の容姿を再現する。よって、水で洗い流せば変身は解けるはずだ。試してみるか?」


 クラリスとパリシアがロディを見る。最初は両者とも困惑した表情をしていたが、先に提案を受け入れたのはクラリスの方だった。

「良かろう。この場で頭から水を被れば良いんだな? 誰でもいい。バケツに水を汲んでこい」

 パリシアはまだ了承していないが、既にこの場のイニシアチブはクラリスに握られている。従う他にない。


 兵士が持ってきたバケツを受け取り、クラリスはそれを躊躇なく自分に浴びせた。髪はずぶ濡れになり、鎧の合間から僅かに見える服は張り付いて透けていたが、その白い肌には何の変化も起きなかった。


 続けて兵士がパリシアに水をかけようとしたが、パリシアはそれを拒否した。

「や、やめなさい! 何か罠があるに違いないわ。わ、私は人間よ! あなた! 知っているでしょう!?」

 ラグナスに助けを求めるも、彼は眉をへこませるだけでオロオロしている。

「もし違ったら謝ればいい。大人しく水を浴びろ」

 クラリスの命令により、バケツを持った兵士は「失礼」と一言だけ言ってパリシアの頭から水をかけた。


 水のかかった場所が、明らかに紫色になっていた。これには全員が息を飲み込む。パリシア自身も驚いた表情で、自分の肌を見つめている。頭には小さなツノが見えた。それは明らかに魔人の特徴であり、言い逃れの出来ない証拠だった。


「罠よ! これは全てクラリス、いえ、ズーミアの仕組んだ罠! どうしてみんな分からないの!?」

 叫ぶパリシアの主張に耳を傾ける者は、最早誰もいなかった。決着はついた。


「ズーミアの処分は追って決める。おそらく処刑は免れないだろうが、まずはこの水のエレメントの検証を行わなければなるまい」

 クラリスはそう言って、今も魔術師ホガークが手に持っている宝石を指した。犯人は分かったが、実行手段についても明らかにせねば事件解決とはいかない。


 その時、パリシアを押さえつけていた兵士の手が僅かに緩んだ。そしてパリシアはその隙を見逃さなかった。水のエレメントさえ手に入れば、この場にいる全員を皆殺しにして逃げる事が出来るという確信があった。

 今、それを手にしているのは魔術師とはいえただの老人。両腕が使えなくても、口を使って奪う事は可能なはずだ。

 勝負は一瞬、地位や名誉は失うが、命だけは守れる。


「……かはっ」


 もちろん、現実はそう容易くはない。飛び出したパリシアの首は、クラリスの持った剣によって一刀両断されてしまった。ごろんと首が落ち、切断面からは真っ赤な血が噴き出した。


 顔の半分が紫色になった頭部を見て、貴族達は悲鳴をあげる。酒が入っている事もあり、そのまま大混乱に陥ってもおかしくはない状態だったが、こんな状況でもなお落ち着き払ったクラリスの存在がそれを制した。


「危険だった為止むを得ず斬首した。処罰は受ける」

 誰にでもなくクラリスがそう呟いた。だが、返事はあった。

「その必要はない」


 立ち上がったのはナイラだった。

「今、お前がズーミアを処刑していなければ、この場にいた全員が殺されていた。その水のエレメントはそれ程までに危険な物だ。そうだな?」

 同意を求められたホガークが重々しく頷く。親子関係だけあって息はぴったりだった。

「水のエレメントは私が責任を持って封印する」


 貴族の何人かは、突如として声を上げたナイラに疑問を抱いた。一体何の権限があってそんな事を命じるのか。とはいえ全員がすぐに気づく。王が死んだ今、この国の最高権力は突如現れたこの女が握っているという事に。


 クラリスがナイラの前に跪き、続けてロディ、ホガーク、フレンクが片膝をついて頭を垂れた。後から貴族達が乗り遅れまいと、我先に同じポーズを取る。全く面識のない相手であり、そもそも存在すら知らなかった人物だ。内心ではこうして忠誠を誓うのはおかしいと思っていたが、目の前で先ほどまで貴族だった者があっさり死んだ今となっては、何よりも保身が優先する。


「クラリス、この度の手柄を持って、お前を大臣に任命する」

「いえ、私には近衛兵隊長としての責務が……」

「拒否する事は許さん。私にはまだ女王としての実力が足りぬ。この国の執政はお前がしろ」

 クラリスはしばらく黙っていたが、耐えきれなくなったように答える

「……畏まりました。この国の平和の為、精一杯務めさせて頂きます」

 元々大臣だった男は、ぽかんとした顔でその様子を眺めていた。


 パリシアの死体が片付けられた後、祝祭は再開された。

 王が死に、貴族に魔人が紛れていた事が発覚し、王位の継承がたった今行われたにも関わらずの再開。普通こんな事があれば、祝祭の中断どころか国の崩壊である。だが、緊急的に王位についたナイラと、その場を仕切るクラリスが再開を宣言すれば再開になる。それが権力という物だった。


 もちろん、貴族達も例年のような馬鹿騒ぎは出来ないが、口々に先程起こった事について話し合っていた。パリシアの正体と、それを見破ったクラリスの功績。証明された水のエレメントの実在と新しい王。そして目の前にある野菜の美味さと魔人農家についてだ。


 いつの間にか、ナイラ王の席近くに座っていたロディがぽつりと呟く。

「……茶番だな」

 それを聞いたクラリスが答えた。

「でもあなたの目的は果たせた。でしょ? ロディ」

「お前の目的もだがな」

 クラリスは更に一段声を潜めて呟く。

「私達の目的は一緒よ。……全ては魔王様の為」

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