謀略の祝祭
一部を除き、大広間にいた貴族ほぼ全員が自分の目を疑った。貴族にとって、戦場以外で見る魔人は大抵奴隷の服を着ており、鎖に繋がれている。だがその魔人は農夫の格好をしていて手には野菜の入ったカゴを抱えていた。
「何をしている! 早くつまみ出せ!」
王が叫んだ。兵士達が動き出す前にパリシアはそれを遮る。
「王、あなたが許可したのですよ? 野菜の生産者を招き入れても良い、と」
ロディが1歩、前に進んだ。周囲の貴族達は慌てて数歩後ろに下がり、距離を保つ。だがそれに一切の遠慮はせず、ロディはカゴをテーブルの上に乗せた。そして無表情のまま王の前に跪いた。
「な、何なんだ……一体どうなっている?」
「彼は元魔界四天王の1人、ロディ。かつては魔王の右腕だった男です」
パリシアの発言に、再び大広間がどよめいた。魔界四天王といえばグレン。現在、最も多く人間を殺している魔人だ。その同格ともなれば、警戒されるのは当然の事だったが、パリシアは用意しておいた台詞を続ける。
「見ての通り、彼は魔人ですが王に忠誠を誓いたがっています。そして既に皆さんも味わった通り、これらの素晴らしい野菜は彼が育てあげた物です。つまり、彼は私達貴族、いえ、人間の味方だという事です」
やや芝居がかった調子で声を張り上げるパリシアに、周りの貴族達は半分困惑、半分納得という雰囲気だった。魔人は確かに脅威ではあるが、奴隷として支配下に置けば人間の奴隷よりもタフな存在である事は知られている。そして貴族にとっては奴隷も農夫も対して変わりはしない。その手に持つのが武器ではなく農具である限り、脅威にはならないと判断している。
「もちろん、既に彼は人間の味方ですが、我々が仲間として受け入れる意思を示せば、更に新魔王軍やグレンの情報についても教えると約束しております。ね? ロディ」
パリシアがそう言って話しかけると、ロディは顔を上げてこくりと頷いた。
周囲は既に静観する立場を取っている。王がパリシアの発言を認め、労いの言葉の1つでもかけてやれば、ロディはこの国に属する農家として正式に認められる。当然、小麦を栽培する許可も出る上、王都内に自分の店を持つ事さえ可能になるだろう。
だが、事はそう単純ではない。
「……パリシア、貴様は私を愚弄しているのか?」
先ほどまでの祝祭の雰囲気が嘘のように、城内の空気は最悪だった。王はややフラつきながらも立ち上がり、錫杖を手にする。
「私は人々の王にして大陸の守護者、この国を預かる者だ。魔人は全て外敵であり、絶滅すべき定めにある者共。例え勇者が死のうが魔王が死のうがそこに変わりはない」
ロディの前まで歩み出る王。兵士達が慌てて前に立ち塞がろうとしたが、王が道を開けろと凄めば引き下がらざるを得なかった。そして杖を振りかぶると、思いっきりロディの顔を叩いた。当然ロディは体勢を崩し、頬を抑えながらその場に転がった。
「私は決して魔人と協力などせん。食料も同様だ。今すぐ全てのテーブルからこいつの育てた野菜を排除し、生ゴミとして捨てろ。以降、この国の中でこいつの育てる野菜を出回らすな。こいつから野菜を買った貴族は処罰する。……いや、それでは生ぬるい。死よりも重い罰を考えておこう」
これにはほとんど貴族が戸惑いを見せた。捨てるくらいなら……という言葉が出かかったが、実際に声に出す者はいなかった。流石にこの場では自分の命が優先する。王はパリシアに向き直り、睨む。
「パリシア、このような下賎な者を私の前に連れてきた代償、高くつくぞ。覚えておけ」
「も、申し訳ありません。決して、決してそのようなつもりは……」
などと言いながらパリシアは焦った様子で頭を下げる。
一見絶体絶命だが、ここまではパリシアのシナリオ通りに事が進んでいる。
王が魔人を拒否する事など、はっきり言って分かりきっていた。事実、あらかじめロディには王が暴力を振るう可能性がある事を伝えており、了承も得ていた。
内心でほくそ笑みつつ、意気消沈した演技で自身の席へと戻るパリシア。何故ならこの後、王とナイラは死に、玉座は完全なる空席となる。そこからは最早パリシアの独壇場、あらかじめ取り付けてある有力貴族の支持と、元魔界四天王であるロディへのコネをアピールし、後は駄目押しにダルザークでも使った疫病と治療のマッチポンプを使って王権を奪取する。
そういう計画だった。
兵士に連行され、ロディが牢へと連れて行かれようとしたその瞬間、玉座の方から音がした。全員が注目した時には既に、そこに王が倒れていた。自身の胸を両手で掻き毟るようにしながら、うつ伏せになり呻いている。兵士達が駆け寄ろうとしたその時、ロディとすれ違いになり1人の人物が入ってきた。
「ああ、我が王!」
近衛兵隊長クラリスである。彼女は必死な顔で王の下に近寄り、抱き起こした。急いで来たのであろう額には汗が滲み息は切れていた。
慟哭するクラリス。既に王は絶命していた。
やがてクラリスはグッと何かを堪える表情になり、立ち上がると、パリシアの方を睨んだ。
一方で、当のパリシアは混乱していた。確かに王は殺す予定だったが、いくら何でも早すぎる上に露骨過ぎる。パリシアの予定では、もう少し間を置いて夜も深まった時、王子の時とは違って病死に見せかけるつもりだったのだ。このタイミング、これではまるで……。
パリシアは後ろを振り向き、フレンクに視線で助けを求めた。だがフレンクは無表情のままクラリスの方を見つめ、一言も発さずパリシアの方には一瞥もくれない。
クラリスは剣を抜き、その切っ先をパリシアに向けた。
「貴様を王家連続殺人の容疑者として逮捕する。パリシア、いや、元魔界四天王の1人、ズーミア」
パリシアは立ち上がり、半笑いになりながらそれを否定する。
「な、何を馬鹿な事を言ってるの。私が魔界四天王? 見ての通り、私は人間よ。汚らわしい魔人なんかではないわ」
汚らわしい魔人の1人ロディが、クラリスの隣に並んだ。
「……俺が証言する。魔界四天王のズーミアは他人に変身する能力を持っている。そして貴族の女に化け、王宮に潜入していたのだ。俺は王権を得るための計画に協力するように要請された」
事実を口にするロディに、当然パリシアは猛烈に反論する。
「馬鹿な事を言わないで! 私は変身なんてしてないわ! 正真正銘、パリシア本人よ! あなたが優秀な野菜農家で、魔人として王に忠誠を誓いたいというから紹介しただけの事! この大嘘つき!」
喚くパリシア。貴族達は信じられないという表情で彼女を見ていたが、それぞれに思い当たる節もあったようだ。パリシアの計画に協力するつもりだった者は、既に自分の保身を考え始めている。
「証人がいる。ここへ」
クラリスの合図で連れてこられたのはラグナスだった。酷く怯えきっており、いつも取り繕っている表面上の威厳すら今は跡形も無い。
「ラグナス、どんな方法を使ったのか教えろ」
「……水のエレメントだ」周囲のざわめきが大きくなり、パリシアの顔色はさらに悪くなった。「水を操るマジックアイテムを、パリシアはどこからか入手していた。そしてこれがあれば王座を手に入れられると、俺を誘惑したんだ。それ以来、パリシアは変わってしまった。昔はあんなに優しかったのに……今では……」
「う、嘘よ! そんなデタラメ、誰が信じる物ですか! そもそも私には……」
指をさしながら激昂するパリシアが、突然誰かに組み伏せられた。その主は、すぐ背後に立っていたフレンクだった。
「ズーミア、お前はもう終わりだ」
フレンクはそう言うと、パリシアの懐をまさぐったかと思えば、出した手には1つの青い宝石が握られていた。それを確認し、クラリスは落ち着いた口調で尋ねる。
「動かぬ証拠だ。まだ何か言い訳があるか?」
「フ、フレンク! この私を裏切ると言うの? ど、どうして……」
貴族達の中から、魔術師のホガークも出てきた。そしてフレンクから青い宝石を受け取り、「間違いなく、これは水のエレメントだ」と証言する。
パリシアに逃げ場はない。
一連の様子を、ナイラは困惑しながらも黙って見ていたが、まだ生きている。
ここまで、全てはズーミアの計画通りに進んでいた。