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主賓の入場

 祝祭。1年に1度開かれる宴。

 興味深い事に、この日が一体何を祝っての祭りなのか、実はよく分かっていない。麦の収穫期とは大幅にズレているし、建国の記念や初代の王の誕生日という訳でもない。一説によれば、1000年以上前にいた聖人が、救世主の誕生を預言した日だと言うが、勇者の誕生日がたまたま祝祭の日と同じだった事に対する後付けだという説もある。つまり、よく分かっていないが、伝統的に何かを祝う日なのだ。


 吟遊詩人曰く、この日ばかりは男も女も仕事を休み、ありったけの酒を呑んでご馳走をたらふく食べて寝る為、翌日には皆記憶が飛んでしまい、何を祝っていたのか忘れてしまったのだというが、これはもちろん冗談だ。地域によっては何かに祈りを捧げる風習が残っている。だが、何に対してなのかは誰も覚えていない。


「風習という物は、良く分からないものね」

 パリシアはそう言いながら水を一杯飲み干した。既に格式高い大広間はただの宴会場を化し、王族以外の貴族全員が着席していた。落ち着きのある音楽が流れ、食事が次々と運び込まれている。もちろん、誰もそれには手をつけておらず。王による祝祭開始の宣言を今か今かと待ち望んでいた。


「フレンク、ラグナスはどこに行ったの?」

 パリシアの隣の席、本体その夫が座るべき場所はあいていた。後ろには護衛として人間の兵士に変身したフレンクが立っている。

「……クラリス様からの呼び出しで席を外しております」

「そんな事は知ってるわ。今どこにいるのか、と聞いたのよ」

「さて……」

「使えないわね」と、パリシアは毒づき、目の前に置いてあったサラダをこっそりつまみ食いした。


 フレンクはそっとパリシアに近寄り、声を潜めて尋ねた。

「ラグナス様不在でも、例の計画は実行しますか?」

「……ええ。王とナイラが同時に揃う事なんて祝祭を逃したらいつになるか分からないわ。ある程度酒が入って警備が緩んできたら、機を見てやる」

「他の貴族への根回しは大丈夫ですか?」

「貴方、私を馬鹿にしてるの? 有力な貴族には既に王が死ぬ事を予告しているわ。その後、誰についたら美味しい汁が吸えるのかもね」

「……了解しました」


 そしていよいよ王が登場した。少しやつれてはいるが、その振る舞いは堂々としており、目には力が漲っている。群れのボスとして保たなければならない威厳がある。例え負けていても勝っている事にしなければならない。


 貴族達は一斉に立ち上がり、王を拍手で迎えた。王もそれに応えて手を振り、ゆっくりと歩いて主の席の前に立った。


「皆の者」拍手が鳴り止むのを待って王が口を開く。「知っての通り、現在この国では不幸な出来事が相次いで起こっている。私が愛していた4人の息子達も残念ながら先に旅立ってしまった。だが、それでもなお我が王家の権威は揺るがぬ」


 無論、王子達が暗殺された事、そして犯人がまだ捕まっていない事など貴族達は百も承知である。だが王は頑としてそれを認めはせず、不幸という表現を選んだ。認める事は敗北だからだ。

「今日は1年に1度の祝祭だ。全てを忘れて楽しもうではないか。乾杯!」


 一斉に歓声が上がり、グラスから酒が溢れた。貴族達が酒を飲み干し、さあ宴会が始まろうかというタイミングで王は言った。

「それと、今日は皆に紹介したい者がいる。私の実の娘であり、正当なる王位継承者。ナイラだ」


 扉が開き、王の辿った道を歩いてドレス姿のナイラが大広間に入場した。薄い褐色の肌は明らかに違う人種であり、長らくなかった女王の誕生には批判もある。だが当然それを口に出して言う者はいない。王の時と同じくらいの拍手で迎えられ、ナイラは緊張意味に王に一礼すると、その隣の席に座った。


 振る舞いからして、こういった場に慣れていない事は明らかだった。ドレスもアクセサリーも高級な物であるが、着られている感は否めない。そういった事に目敏いのが上位貴族であり、平民の出である事はすぐに看破された。


 それを王も分かっているので、この席ではナイラに一言も喋るなと命じてある。ただ隣の席に座り、出来る限りにこにこと笑って手を振るだけ。今日の所はそれで十分だった。


 ナイラを迎えた王は、わざと砕けた表現を使い、改めて宴会の開始を宣言した。

「ここには国中から集めた美味い物がある。酒もたっぷりだ。食べ尽くし、飲み干すまでは誰1人として帰れんからな。さあ、祝祭の始まりだ!」


 こうして、運命の夜が始まった。


 しばらくして、異変は起こった。

 ある席では貴族達が首を傾げており、ある席では何故か涙を流している者がいる。また、ある席では口喧嘩が始まり、ある席では何かを奪い合っている。いつもは話し声と笑い声で満たされる時間に、異物が混ざっている。


 共通しているのは、それらの人物達の間には1つの皿があったという事だ。その皿の上には、いわゆる前菜にあたるサラダが乗っていた。レタスの上に輪切りのきゅうり、トマト、かぼちゃ、枝豆が乗っており、赤いドレッシングがかけられている。新鮮ではあるが、見た目には何の変哲もない野菜達であり、並んだご馳走の中では決して主役ではない。


 だが、サラダを最初に食べた誰もがその違いに気付いていた。パリシアは他の全員より一足先に気付いていたからこそ、目を盗んででもつまみ食いしていたのだった。


 王は基本的に肉しか食べないので、周囲のどよめきが理解出来なかった。だが、噂は席から席に伝染していき、やがて噴出した。

「このサラダに使われている野菜、パリシア様が提供されたと聞いたのだけれど、本当?」

 1人の女性がパリシアにそう尋ねる。パリシアは胸を張って、「ええ、そうですわ」と答えた。


 パリシアが座る席の周りに、一気に人だかりが出来た。

「こんなに美味しい野菜は食べた事無いわ。ねえ、どこで手に入れたの?」

「いくらだ? 金ならいくらでも出す。売ってくれる商人を紹介してくれ」

「私には魔術の心得があるのだが、これを食べると力が漲ってくる。何故だ?」


 パーティーの主役となったパリシアは、少しもったいぶりつつ告げる。

「これはある農場から仕入れた物です」

 20人以上の貴族達が、その農場の名を聞き逃すまいとパリシアの言葉を待つ。

 パリシアとしては、教える相手を選んだり、対価を要求したりも出来たがそれはしなかった。何故なら、この野菜の提供者とある約束をしているからだ。

「ノード農場の、ロディという男が育てた野菜です」


「それなら食べた事があるぞ」1人の貴族が声をあげた。「確かに美味かったが、ここまでではなかった。何か秘密があるのか?」

「ええ、貴族用に特別クオリティーの高い物を用意させました」

「おお……」と、感嘆の声。次々に「是非紹介して欲しい」と殺到する。


 こうなれば1人1人の対応など不可能だ。パリシアは満を持して告げる。


「皆様そう仰られると思い、ロディという男をここに呼んであります」

 貴族達が顔を見合わせた。パリシアは王の前に出て、1人の農家を招き入れる許可を乞う。本来なら許されない事だが、サラダ1つでここまで盛り上がる祝祭など当然過去にあるはずはない。野菜を食べない王でも、少し興味が湧いた。それに、パリシアへの信頼もある。

「良かろう。そのロディという男をここへ」

 パリシアは深く礼をして、一言添える。

「ですが、驚かないで下さい。彼はただの農家ではありません」

 もちろん、既に隣に座ったナイラは気づいている。その上で、これから何が起きるかを見守っているようだ。


 意味深に微笑んだパリシアが、入り口の方を指す。


 そこに立っていたのは、農夫の格好をした1人の魔人だった。

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