隠れ場所
ナイラが滞在していたのはとある武具店の2階だった。
宿屋は1度失敗している上、虱潰しに探される可能性があり、王や王宮と関わりのある場所は当然調べられる。かといって城内に置いておくのはやはり危険で、次の王位継承者を牢獄に入れるのは失礼すぎる。そこで選ばれたのが街で5番目に大きな武具店だった。
店主は口が硬く、商品を卸す為に王宮との繋がりと持ちたいと考えており、クラリスの意に反する事は決してしない。ナイラには当然自身の素性を隠させ、出来るだけ外出もしないように言ってある。金もそれなりに握らせている。クラリス自身が武具店を訪れるのは、兵士としてそこまで不自然ではない。いざとなればその場に武器は沢山ある。滞在先に選ぶ理由としては十分と言えた。
命を狙われている。なるべく目立たないで。知らない人と関わってはいけません。
ナイラを武具屋に連れてきた時、クラリスはそう忠告したが、物の見事にそれは裏切られる事になった。
「液状式斬撃吸収帷子、これはすこぶる良く出来てますよ。普通の鎖帷子と違って、中に液体が入っている新型です。柔らかくて動きやすいですが、防御力はバッチリ。外部からの衝撃が加わると瞬時に硬化する仕組みなんです」
1週間ぶりに様子を見ようと武具屋を訪れたクラリスを待っていたのは、自身が開発した商品を客達に紹介しながら売るナイラの姿だった。店内で行う実演販売には10人程度の人だかりが出来ており、既に彼女専用のスペースが設けられているようだった。
クラリスはなるべく平静を装いつつナイラに話しかける。
「そこの商人、依頼していた物は出来たか?」
クラリスに気付いたナイラは笑顔を浮かべて答える。
「ええ、ばっちりですよ、お客様」
実演販売を中断し、武具屋の奥に引っ込んだクラリスとナイラ。
「いや、違うんですよクラリスさん。流石に何もしないのが暇過ぎてですね。ここの店主さんと相談して色々役に立ちそうな物を作ってたんです。そしたら結構良い商品が出来まして……」
クラリスはため息をついて尋ねる。
「百歩譲って開発するのは良しとしましょう。魔導機械の技師の性という物ですか? ですが、どうして開発者自ら人前に出てそれを売る必要があるのです? 人目に触れれば触れる程危険は増します。何度も言っていますが、あなたは命を狙われているんですよ。あなたの兄4人を殺した犯人は未だに捕まっていないのです」
敬語ではあるが、背の高さもあって上から嗜めるような調子のクラリスに、ナイラはやや気まずそうに答える。
「あのー、それなんですけど、私の父が王様で腹違いの兄が王子ってのがいまいちまだ実感が無いんですよ。何かの間違いって事ありません?」
「ありません」と、クラリスは断言する。「血を少し貰って魔術師に分析してもらいましたが、あなたは確実に王の子供、つまりこの国の姫です」
難しい顔をするナイラ。納得はしていないようだ。
「……まあ、それはどうでも良いとして、いつになったら自由になれます? ゼンヨークにやり残した仕事があって、出来れば早めに戻りたいんですけど」
クラリスが呆れ気味に首を横に振る。
「まずは2週間後の祝祭で、正式な王位継承者としてお披露目を終えてからです」
「それが終わったら自由?」
「……いえ、しばらくはこなして頂かなければならない公務があります。本当の意味で自由な時間が取れるのは先の話です。あとこれはもしもの話ですが、王に何かがあればあなたはすぐ女王になります。そうなればあなたの好きな機械弄りも出来なくなりますのでご了承下さい」
ナイラは露骨に不満げな表情となり、ぽつりと呟く。
「……逃げようかな」
鬼のような形相で睨むクラリスを見て、ナイラは慌てて訂正する。
「いや、私だって死にたくはないし、そんな馬鹿な真似はしないけどね。ただ、出来れば連絡を取って欲しい人が1人いるんだけど……」
「ロディ、という男ですか?」
不意に名前を出されてナイラは驚く。
「ええっと……」
相手がどこまで知っているのか、距離感を測ろうとするナイラに対し、クラリスは数歩前に踏み出した。
「あなたの義理のお父さんから、『原初のエレメント』の事は聞いています。勇者に奪われたという事も、今、誰の手にあるのかもね。そしてあなたが土のエレメントを取り返す為、彼に近づいた事も分かっています」
ナイラの表情が変わった。おどけて誤魔化す気は全く無くなり、真剣に答える。
「最後に関しては誤解ですね。『原初のエレメント』は父が代々受け継いできた物で、父は取り返す事を願ってますが、私は違います。大事なのは私達の手元にある事ではなく、正しく扱われる事です」
クラリスは怪訝な目で尋ねる。
「……魔人でも『原初のエレメント』を正しく扱えると?」
ナイラはにっこりと答える。
「魔人だからこそ、かもしれませんよ」
人間にとって、魔人は魔界から来た侵略者であり、魔王の手先であり、憎むべき敵である。現に今もグレン率いる新魔王軍がいつ王都を襲ってくるか分からない状態であり、虐殺は続いている。そんな相手の、しかも四天王という幹部を「信用」するというのは常識的に考えればあり得ない話だった。
クラリスは慎重に言葉を選んで質問する。
「……もし、あなたが王だとして、魔人がこの国を征服しようとしていたら、あなたはどうしますか?」
ナイラは間を置かずに答える。
「それで平和になるなら喜んで王位を譲りますね」
ナイラという人物には、良くも悪くも偏見の無いのだとクラリスは悟った。
「……分かりました。それで、そのロディという男への伝言というのは?」
「あなたの育てた野菜が食べたい、と」
少しの沈黙の後、クラリスは告げる。
「それなら、わざわざ伝える必要はありません。祝祭の席に出てくるはずですから」
「クラリスさんはもうロディの農場とも繋がりを持っているんですか?」
「いえ、私ではありません。貴族のラグナス様とその妻であるパリシア様のご紹介で、絶品の野菜を届けに来られるそうです。ロディ様本人が、ね」
ナイラはクラリスの表情から懸命にその意図を読み取ろうとする。
「ひょっとして、そのパリシアという人物は……」
「まだ証拠はありません。ですが、祝祭までには必ず準備を整えるつもりです」
「……なるほど。それなら、伝言は必要ありませんね。俄然楽しみになってきましたよ、晩餐が」
そう言うと、ナイラは大人しく自室に戻っていった。これでしばらくは目立つ事を避け大人しくしてくれるだろう、とクラリスは思った。
全ては祝祭の夜に行われる晩餐で決着する。
ズーミアが狙うのはこの国の玉座その物である。人間達の畏敬を得る為に、それよりも相応しい席など他にはない。王である事で最も効率良く畏敬を集められる。もちろん、人間達は魔人の王など認めはしない。だがズーミアには幸い変身能力があり、仮の立場で得た畏敬も『原初のエレメント』は問題なく認識するのは確認済みである。
その席に座る為ズーミアにとって必要な物は、王位継承者の滅亡、有力貴族による承認、そして民達が納得する『物語』である。ズーミアは既にその内の1つを手に入れ、1つに手をかけ、最後の1つは既に紡ぎ始めている。
果たしてその野望が成るかどうかは、クラリスの仕事にかかっているのだった。




