表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/79

王都での買い出し

 夫のラグナスを革のベルトで拘束し、目隠しをした上で部屋に1人置いたままパリシアは外出した。ラグナスはすっかりパリシアに調教されてしまい、ただ放置されるだけで興奮する変態になっている。以前は一方的で必要最小限の性交渉しかしなかった男が、ただ快感を得る為だけにこうして何時間も無駄にするのは、間違いなくパリシアのせいだった。


 パリシアが夫を置いて向かったのは、城下町の自由市場だった。2週間に1回開かれる露天商の集いであり、身分に関わらず分け隔てなく参加出来るが、貴族が参加する場合は3、4人の警護をつけないとそれなりに危険ではある。もちろん、パリシアにも同行者はいたが、たったの1人だった。


 身長2m近い大男。兵士の装備ではあるが比較的軽装。鎧は着ておらず、短剣1本を腰にぶら下げている。その表情は固く、まるでマスクを被っているようでありながら、きょろきょろと視線を動かしている。


 その様子を見て、パリシアが注意する。

「フレンク、目立つからやめなさい」


 魔人貴族、ヘカリル家の次男フレンク。サルムの兄である彼は、グレンの下を去ってズーミアについた。単純な腕力では長兄のドラッドに劣るが、機を見るに敏な所があり、人間相手に命がけで戦うよりもズーミアの作戦に乗った方が得だと判断したのだ。


「申し訳ありません、パリシア様」

 人間の街にいる以上、演技はしなければならない。


 ズーミアの変身魔術は、魔石を混ぜて作った石鹸を利用する。言うなれば全身に化粧を施すような物であり、背格好と性別が同じであれば自分を特定の誰かに似せて変身させる事が可能になる。ただし1日しか持たず、水で洗い流すと解けてしまうという弱点がある。


 他人に対しても変身魔術を使う事は出来るが、誰かに似せるという高等な事は出来ず、せいぜい肌の色と角を隠すだけになる。それでも魔人を人間にして潜入させるくらいの事は可能だった。フレンクは、ズーミアの魔術によって今は人間に変身している。人間にしては体格が大きいが、兵士ならば不自然ではない。


 自由市場を眺めるパリシア。周囲の市民は貴族を見ると道を開ける。皆、余計なトラブルに巻き込まれたくないのだ。貴族と平民では裁かれる法律が違う為、争いになれば不利になるのは分かりきっている。


 パリシアとフレンクがある店の前で足を止める。人だかりが出来ていたが、並ぶ必要はなかった。


「これはこれはパリシア様、ようこそおいで下さいました」

 民を救って上位貴族入りしたパリシアは、王都でもそれなりに話題となっていた。当然、耳ざとい商人ならば顔を知っている。

「この野菜は?」

 店先に並んだ野菜を指して、パリシアが店主に尋ねる。それは土のついた丸い塊だった。


「ジャガイモという野菜です。芋の一種でして、遥か遠方の島でしか獲れなかった物なんですが、最近本土でも育てる農家が現れたのです」

「ふーん、美味しいの?」

「ええ、それはもう。特にこのノード農場という所で作られた物は、大変な評判ですよ」

 フレンクの表情が僅かに変わった。


 弟のサルムとジョリスが襲いに行ったのがノード村。以来、2人から連絡はない。自分もドラッドも忙しく、たまに思い出しても特に手は打たなかったが、農場に発展し、こうして新商品が王都で大々的に売られている所を見ると、どうやら2人は失敗したらしい。


「そこの農場主は何という名前なんだ?」と、フレンク。

「ええっと確か……ロディと言いましたかね。私は会った事ありませんが、商人仲間からは信頼出来る人物だと聞いていますよ」

 ロディ。確かにそれは現在行方不明になっている魔界四天王の名だ。箔をつける為に偽名を騙っている可能性は高いが、万が一という事もある。


「気になるの? フレンク」

 パリシアが尋ねる。フレンクはその表情を伺うが、真意は測りきれない。


 フレンクからすれば、ズーミアはロディと同じく魔界四天王の1人であり、何かを知っている可能性は高い。だがそれについて質問する事はリスクにもなる。既にズーミアとロディが繋がっていて、もしも弟達が捕えられたりしているとそこが弱みになりかねない。


 一方でズーミアは、フレンクに『原初のエレメント』の事は教えてすらいない。変身魔術を使って王宮に取り入る事は伝えてあるが、具体的にどうやって暗殺を行っているかは秘密とされている。水のエレメントの性質を知っている人数はより少ない方が効果的だからだ。


 王宮と同じく、魔人の間でも権力の争いは常にあり、秘密主義者のズーミアに深く関わるには慎重さが必要となる。


「いえ、何でもありませんパリシア様」

 弟達の事は気になるが、ここは見に回るべきだとフレンクは判断した。


「そう。それにしても立派な野菜達ね。見て、このきゅうりなんて凄い。こんなにぶっ太いの見た事無いわ」

 無邪気に笑って見せるパリシア。しかし次の瞬間には無表情になってそれを雑に置く。

「……でも、貴族が平民と同じ物を口にするのはいささか抵抗があるわね。ここに並んでいるよりももっと高級な物はないの?」

 商人は一瞬困った顔になったが、すぐに張り付いたような笑顔を浮かべて、手もみをした。


「ノード農場では、これよりもグレードの高い野菜を育てていますよ。ただ、値段があまりにも高すぎて、一部の貴族しか買えないのです。もし、パリシア様に興味がおありならばご紹介いたしますが」

「そうね。祝祭では副菜になる献上品を用意しなくてはならないし、ちょうどいいかもしれないわ」


 それはフレンクにとっても魅力的な提案だった。ノード農場の事を知れば、弟がどうなっているかもついでに情報が得られるかもしれない。


「それじゃ、その高級野菜とやらが手に入り次第、城まで来てくださる?」

「ええ、もちろんです。私も1つだけ試食させてもらいましたが、美味し過ぎてびっくりしますよ」


 その後、他の店も見て回りつつ日が暮れた。

 気づけば2人は街の外れの路地まで来ており、周りに人はいなかった。大通りからは離れ、街灯もない暗がりで、2人はしばらく無言で歩いたが、やがて沈黙は破られた。


「ねえフレンク。たまには外で、なんてどう?」

 パリシアは猫なで声を出しながらフレンクの腕に触れた。


 上司であるズーミアの命令とあれば、フレンクに逆らう理由はない。それに、フレンク自身もそれなりに良い思いが出来る。


「喜んで。パリシア様」

 鎧を脱ぎ、フレンクが下半身を露出しようとしたその時、バキッ! という打撃音が路地裏に響いた。


 真っ二つにへし折れた棍棒の破片が宙に舞う。フレンクがゆっくりと振り返ると、そこにはみすぼらしい格好をした男が3人立っていた。泥棒なのか乞食なのか、あるいはその両方かもしれない。


「お、大人しくしろ! そこの貴族の女、さっさと金を出せ!」

 フレンクは男達に向き直り、黙ったまま全員を見下ろす。

「こ、こっちは3人だぞ! 痛い目を見る前に言う通りに……」


 言い終わる前にフレンクの拳が男の顔面にめり込んだ。鼻の骨は一瞬で粉々になり、汚い歯が地面に散らばった。誰がどう見ても即死だった。

 残った2人の男は、目の前で何が起きたのか分からず、ただその場で馬鹿みたいに突っ立っている。


 パリシアが前に出ようとしたのを、フレンクは片手で制した。

「ここは自分が」

 護衛1人と貴族の女。そして今まさに行為をしようというタイミングを狙った男達の判断に落ち度は無かったが、残念ながら運も無かったようだ。


 数分後、肉塊になった3人の男達の前で、立ったまま行為を繰り広げる2人の姿がそこにはあった。返り血によって変身が所々解かれて、紫色の肌が露出したフレンクと、パリシアの肌色が対照的に重なり合う。


「人間の姿のままの方が良かったですか?」

「ううん、そっちの方が素敵よ、フレンク」


 一方、城内ではパリシアの夫ラグナスが人知れず何度目かの絶頂を迎えていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ