3人目の四天王
「農場経営の方、調子が良いみたいね」
久々に聞いたズーミアの声。俺は単刀直入に尋ねる。
「ナイラはどうしている?」
少しの沈黙の後、ズーミアが答える。
「別にどうもこうも無いわ」
俺は目を閉じてズーミアに言い聞かせるように告げる。
「……ナイラを解放してくれ」
「答えは1週間前と同じ。それは無理ね」
王室に潜入しているズーミアが、何故ナイラの逮捕を知っているのか。
それは、ナイラが国王の隠し子だったからだ。
もう1度言おう。ナイラは現国王の隠し子だった。
俺がズーミアから聞かされた話はこうだ。
25年前、当時第2王子だった現国王が、他国への遠征中に1人の女を孕ませた。名前はスニル。島出身の田舎女だ。
スニルは王に内緒で双子の姉妹を出産し、隠れて育てた。だが、子供が2歳になる前に、その存在は暴かれる事になる。
当時、第1王子と王位継承権を巡って水面下で政争していた現国王は、隠し子の存在がどうしても邪魔だった。妻と側室以外で、しかも混血の子供がいるというスキャンダルは、王位継承において致命的で、更に次の世代への繋がりも不確定要素が多すぎる。前国王と教会の承認が得られない可能性があった。自身は第1王子の強力なスキャンダルを抱えているだけに、相手にも同じ武器を持たせるのを現国王は心底恐れた。
そこで現国王は、自らの子供を殺害すべく刺客を放ったが、間一髪、スニルは子供を連れて逃げ出す事に成功した。ただし、島へ戻る為には子供を1人売らなければならなかった。スニルの逃亡に協力した魔術師の意図は不明だが、王の血を引く双子は分けて育てられる事になった。
片方はジスカと名づけられ、サガラウア島で育てられ、もう片方はナイラとして大陸で育てられた。
だがここで疑問が残る。何故今になって、ナイラを暗殺ではなく逮捕したのか。存在が発覚し、それが邪魔ならば殺せば良い。何故生きたまま捉える必要があるのか。
ズーミアが、国王の子供つまり王子達を全員暗殺したからだ。
「まあ間接的な原因は私にあるかもしれないけれど、ナイラの存在なんて私も知らなかったんだから、そう責めないで欲しいわね」
「せめて何とかナイラと接触する事は出来ないか?」
「彼女は国王直属の近衛兵が居場所を隠した上で警備している。外部の人間には無理ね」
「だがお前は内部にいる。伝言を頼みたい」
「リスクの割りに私へのリターンが無いわね」
気の無い返事のズーミア。こいつの言う事がどの程度真実なのかはわからないが、少なくともナイラ救出に関して利害は一致しているはずだ。
「お前にとってもナイラは邪魔だろう? 何せ王の隠し子、つまりは新しい王位継承者だ。何の為に王子達を皆殺しにしたんだ?」
「ちょっと声が大きいわよ。誰にも聞かれてないでしょうね?」
「ああ、こっちはそっちと違ってドがつく田舎だからな」
1日に3回コールしても1週間に1度しか繋がらないのだから、あっちではどこもかしこも聞き耳だらけなのだろう。
「とにかく、俺にはナイラが必要なのだ。何とかしてもらわなければならん」
「そうねえ」
少しもったいぶって、ズーミアが言葉を選んでいる。経験上、こういう時は何か解決策をすでに思いついている。
「1ヶ月後、この国では有力な貴族達が一同に揃う晩餐が開かれる。知ってるでしょう? 人間達にとっては1年に1度の祝祭よ。王はそこでナイラを正式な王位継承者であると宣言してお披露目する。そしてそこに並ぶ食材は、選ばれた物だけ。言ってる意味、分かる?」
「……ああ」
結局、俺は野菜を育てる事になるのだ。
ジスカとの再会はさておいて、今後の農場における発展と維持にはナイラの存在は必要不可欠になる。魔導機械の技師としても一流であり、魔人が農場をやっている事に対して理解があり、いざとなったら姉を人質に出来る。これ以上ないくらいにフィットした人材。
しかも今回で、それに加えて暫定的な王位継承者という新たな肩書きも加わった。女王で、なおかつ異国人とのハーフとなれば国内での反発は必至だろうが、王子を全員失った現国王からしてみれば唯一残った血縁者。王家としての権力を保持するにも失う訳にはいかない。利用価値はうなぎ登りだ。
これから俺が遂行する作戦が、「救出」なのか「強奪」なのかは判断に困る所であるが、場合によってはナイラには今後国王兼農場エンジニアという二足のわらじを履いて頑張ってもらう事になる。その為には足がかりがいる。
美味しい野菜がそれだ。
理想は、城内へ自由に出入り出来る王家御用達の野菜業者。産地直送で素晴らしい食事を届けらる。最悪でも有力な貴族の誰かに気にってもらえれば、ナイラと接触するチャンスが生まれる。
ついでに王宮内に俺の野菜の美味さが知れ渡れば、その分国民に広く販売を行う事が出来る。王家のお墨付きとなれば、単価も上がっていく。ついでに領主を頭越しにして小麦の栽培許可も貰えるかもしれない。そうなれば更に農園は拡大し、この国の食糧事情を鷲づかみに出来る。
ズーミアとの通話を切り、俺は畑を見渡した。
「くっくっく……」
「何を笑っているんだい? ロディ」
チェルに尋ねられ、俺は答える。
「皮肉だな、と思ってな。魔界四天王として魔王様に仕えていた時は、人間共はただの敵で、その王は手の届かない相手だった。だが魔王様のいない今になって、王国は傾きかけ、暗殺も可能な位置に同僚が入り込み、俺にもそのチャンスが巡ってきた。人間達を殺すよりも、腹を満たそうとした方が、良い結果に近づいているという事だ」
「確かに、そう考えてみると面白いね」
「人生は何が起きるか分からないもんだ」
1枚分空けておいた畑で、王宮に売り込む用の野菜を今から育てよう。
にこにこしているチェルに向けて、俺は真剣に尋ねる。
「ところでチェル、そろそろ直球で質問したい事がある」
土のエレメントを使いこなせてきた今なら、多少強引に行っても良いだろう。
「……お前の正体は一体何だ?」
「僕は土のエレメントの守護者、チェルさ」
「では質問を変えよう。何故他のエレメントにはお前のような守護者がいないんだ?」
「勇者に殺されたからだよ」
「……何だと?」
「僕以外の守護者は勇者に殺された。それだけだよ」
あっさり言い放ったチェルに、同情と恐怖という全く相反する感情が俺の中で同時に巻き起こった。
「人々の畏敬を集めれば『原初のエレメント』を自由に使える事が出来る。その自由の中には、守護者の殺害も含まれるという事さ」
「……何の為に?」
「完全にエレメントを支配する為だよ」
「守護者を殺してまでエレメントを支配して何がしたかったんだ?」
「それは君の方が良く知ってると思うけど」
俺はすぐ答えに辿り着いた。
勇者は、魔王様に対して確実なトドメを刺す為に原初のエレメントを支配する必要があった。それで守護者までをも殺した訳だ。だが土の守護者であるチェルだけは殺せなかった。
という事は必然、このチェルという存在は間接的に魔王様を救っていた事になる。こいつまで勇者にやられていたら、魔王様の命は完全に無かった。
感謝の言葉を述べようかとも思ったが、何となくやめておいた。
こいつにはまだ何か裏がある。そんな確信があったからだ。
第2章終わりです。次からはちょっと視点を変えた第3章が始まります。
ブクマが100件を突破しまして、凄く嬉しいです。感謝しています。
完結までは既に折り返し地点を過ぎていると思いますのでよろしくお願いします。




