エレメントの使い方
ノード村、現在の人口はたったの20人。荒れ放題の畑と閉まった宿屋くらいしかないなんともショボい村だ。以前は農村としてそこそこやっていけていたそうだが、男が戦争の為に徴兵され、畑は機能不全に陥った。時折訪れるのは魔王軍からはぐれた魔物達くらいであり、その度に金品を奪われ死人が出る。それでも少ない糧を皆で分け合い細々と暮らしてきたらしい。
畑で俺に話しかけてきた老人はこの村の村長だった。若い娘の方は村長の孫娘。名前はタリア。俺に向けてわざわざ自分の孫を差し出してきたのは、この村にいても食べ物が満足に手に入らず、いずれ餓死するのが分かりきっていたからという理由らしい。自らの命乞いの為に娘を差し出したのではないという所は少しだけ関心したが、実の祖父から魔人に差し出される娘の気持ちは察するに余りある。
「土を改善するとは、具体的にどうやって……?」
村長の疑問は当然だろう。だが、ここで馬鹿正直に土のエレメントの事を教えるのはいかにも悪手に思えた。俺は適当に答える。
「魔人には特別な力があるのだ。それを持ってすれば、農業の再生など容易い」
「はぁ、そうですか」
いまいち納得していない様子の村長。それもそうだ。いかに強力な魔術でも土の性質を変えるような物は俺ですら聞いた事がない。
「というか、何故こんなに土が乾いているのだ? 雨が降らないのか?」
「いえ、今は雨季ですので、雨は例年と同じ程度降っています。ただ、土がそれを保持してくれないのです」
水分を保持。いまいちイメージが湧かんな、と思っていると、急にチェルがこう言った。
「ここの土はあまり水持ちが良くないみたい」
「水持ち……だと?」
そういえば土のステータスに「水持ち」という項目があった。
「ええ、そうです」俺の疑問に答えたのは村長。「元々この辺りの土は水持ちが良くないので、普段は若い衆が深くまで鍬を入れて下の土と混ぜ合わせる事で改善しています。ですが、戦争で男手が足りなくなってしまい、耕す事が出来なくなってしまいました。その結果がこの有様です」
農業について詳しい事は分からないが、少なくともチェルと村長の意見は一致しているようだった。
「……分かった。とにかくその水持ちとやらを良くすれば良いのだな?」
「あなた様が代わりに耕してくれるのですか?」
「いや……まあ……うむ。そんな所だ」
村長もその孫タリアも実に奇妙な物を見る目で俺の事を見ていた。これは実践した方が早そうだ。
「チェル。土の操作が出来ると言っていたな。どうやるのか教えろ」
「いいよ。とりあえず手の平を地面につけて」
言われた通り、右手で畑の地面に触れる。
「そうしたらさっきの土のステータスを開いて、水持ちの部分に触れて」
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黒土
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・栄養度B
・通気性B
・水持ちC
→<-|------>
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能力付与
なし
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「で、スライドを真ん中あたりまでずらして」
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・水持ち
→<----|--->
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「はいこれで大丈夫。村長さんに確認してもらったら?」
俺は土をひと掴みし、村長の前に差し出した。
「……こ、これは!」
流石に農村の長だけあって、畑の土には詳しいらしい。一目見ただけでその違いに気付いたようだ。
「実際に育ててみない事にははっきりと分かりませんが、これなら水の問題は解決出来そうです。早速、作物のタネを植えてみましょう」
そう言って、村長は村に戻った。後にはここまでずっと無言のタリアという娘だけが残された。
「……お前は戻らんのか?」
「は、はい」
変な娘だ。内心そう思いつつ、村長の帰りを待つ。
「だがチェルよ。今からタネを植えた所で、その作物が収穫出来るにはどれくらいの時間がかかるのだ?」
なんとなく暇つぶしにそう尋ねる。
「まあ物にもよるけど、この土なら4ヶ月から半年くらいじゃないかなぁ」
「半年だと!?」
そんなに待っていたら、この村の住民は全員飢餓でくたばってしまうのではないか。農業がそんなに時間のかかる物だとは知りもしなかった。
「ああでも、土のエレメントがあれば話は別さ。もう1度土のステータスを開いて。1番下の欄に能力付与っていう項目があるだろ?」
―――――――――――
黒土
―――――――――――
・栄養度B
・通気性B
・水持ちC
―――――――――――
能力付与
なし
―――――――――――
確かにある。今は「なし」としか書いていないが。
「そこに触れて、『成長促進Lv1』っていうのを付与してみて」
―――――――――――
能力付与
成長促進Lv1
―――――――――――
「……これでいいのか?」
「うん、オッケー。これで次にこの畑にタネを植えると、君の魔力を使って作物がすぐに育つよ」
「おい待て! 俺の魔力を使うのか?」
「そうだよ。能力付与ってのはそういう事」
「そんな話は聞いてないぞ!」
「さっきから言ってるじゃないか。土のエレメントを使うのはあくまで君。僕は使い方を教えるだけ」
チェルに詰め寄っていると、視線に気付いた。タリアが不思議そうな顔で俺を見ており、何か言いたげだ。
「……何だ?」
「……あの、どなたと会話してらっしゃるのですか?」
俺はぎょっとしてチェルの方を向く。
「お前ひょっとして俺にしか見えてないのか?」
「そうだよ。言ってなかったっけ?」
俺は頭を抱える。まあ人間にどう思われようが関係ないが、少なくともこのタリアから見て俺は、完全に頭がおかしい奴だと思われているに違いない。
そうこうしている内に村長がタネの入った袋を持って帰ってきた。こうなったらもうヤケだ。成り行きに任せ、どうなるか最後まで見届けてやろうじゃないか。
「では、とりあえずカブを蒔いてみましょう。これなら2ヶ月ほどでどうにか収穫出来るようになるはずです」
半年に比べればかなりマシだが、それでも時間がかかる事に変わりはない。あとはわざわざ俺の魔力を使って付与した成長促進Lv1とやら効果がどの程度出るか……。
村長とタリアが等間隔に種を蒔いていった。唾を飛ばせば端まで届くくらいの小さな畑なので、2人がかりで作業はすぐに終わった。
すると異変が起きた。畑にではない。俺にだ。がくん、と足の力が抜けて膝から崩れ落ちそうになったのだ。明らかに魔力が吸収されている事に気づき、狼狽する。見れば、土のエレメントが怪しく光っていた。
「ちょ、チェル、待て。こんなに魔力を持って行かれるのか!?」
「うん。野菜を育てるのって大変なんだよ」
それにしてもこれは……くっ。
意識が段々と遠のいていく。確かに俺は魔人の中でも魔力が多い方ではないが、これだけ一気に絞り取られたら誰だってこうなる。
薄れていく意識の中、視界に入ったのは地面からにょきにょきと凄まじいスピードで伸びる緑。蒔いたカブのタネが、根を張り、茎を伸ばし、急成長している。村長とタリアはその光景を愕然とした様子で眺め、後ろで倒れそうになっている俺には全く気づきもしない。
ぐおっ……まずい。ここで気絶したら、人間に殺されるかもしれない。魔人といえど、魔力を失って眠りにつけば無力なのは人間と変わりない。
こ、こんな寂れた村で俺は死ぬのか!?
しかも妖精に騙されて野菜を育てたせいで!?
馬鹿な! そんな事、あって良いはずが……ない……。
土のエレメント、人間を支配するどころか、いきなり持ち主を窮地に陥れているじゃないか……。
ああ……。意識が……。