新たな出会い
いつものように地面に手を置き、土のステータス画面を呼び出す。
―――――――――――
褐色土
―――――――――――
・栄養度B
・通気性C
・水持ちC
―――――――――――
能力付与
なし
―――――――――――
未耕作の何の変哲もない土。これの正体を、俺は今から見破る。
『操魔の指輪』を嵌めた指を、ステータス画面にそっと乗せて「そこにいる者」に命令を与える。
「……姿を表せ」
狙い通り、画面に変化が起きた。
―――――――――――
能力付与
菌類統率者1匹
―――――――――――
そもそも『土』とは、途方もないくらいに長い時間をかけて岩石が崩れ、それが積もった物である。しかしそれだけではただの『砂』だ。砂と土は明らかに違うし、砂漠を見て分かる通りただの『砂』の上で植物は育たない。
では『砂』が『土』になる条件とは何か。それは生物の存在だ。
哺乳類、爬虫類、鳥類などの種類に関わらず、どの生物にも共通しているのは死ねば死体になるという事。死体は皮膚、筋肉、骨の順番に腐敗していき、最終的には跡形も無くなる。いわゆる『土に還る』という奴だ。これを『腐敗』と言う。
ここで問題なのは、『腐敗』を起こしているのは誰なのか、という事だ。
聞く所によると、最北の地では土の温度が常に0度を下回り、埋めた物がいつまでも腐らない『永久凍土』という物があるという。そこでは当然植物が育つだけの栄養もなく、ほとんどの動物が生存を許されない。つまりは土が産まれないのだ。
結論を急ごう。土の中にいる、『寄生血虫』のように小さくて見えない生物が、より大きな生物の死体に対して『腐敗』を起こす事により、ただの『砂』は『土』に変わる。そしてその目に見えない生物はそのまま『土』の中に居座り、新たな獲物を待つ。
『土』の正体、それは『生物』その物だ。人間は生物の上で生物を育てる生物なのだ。
ここまでの考察を纏めてみよう。土の中には俺も知らなかった『極小の生物』が確かに存在しており、そいつらが生物を分解して土を作っている。その活動の大小によって土の性質は大きく変わり、ひいては畑の良し悪しが決まる。
重要なのは、『極小の生物』は分解される生物によってその性質を変えるという事だ。サガラウア島のように沢山の木が生えて、狩りで生活が成立するほどの野生動物が存在する場所なら、土中生物の量も多く活発に動く。
そして、魔界だけではなく地上にも魔物は昔から少数生息している。ゴブリンが良い例だ。奴らの身体には微量な魔力がある。という事は、それを分解する生物が土の中に存在するのはごく自然な結論であり、そいつは魔力を消化する『魔物』としての性質を持っているはずなのだ。
菌類統率者1匹。
表記の意味する所が俺には分かりかけてきた。
この例えはいささか不敬かもしれないが、かつて魔界で魔物を統率した魔王様のように、土の中の微生物。それらを統率する者が現れたのだ。いや、正確にはずっといたが、俺が初めてその存在に気付いた。
「話しかけてみたら?」
土を前にじっと固まる俺に向けて、チェルが現れてそう言った。
「話しかけるって……こいつにか?」
「それ以外にいないでしょ」
姿も見えず、どこにいるかも分からない相手に声をかけるのはちょっと抵抗があったが、このまま黙っていても仕方ないのは分かっている。俺は意を決し、言葉を声に出す。
「菌類統率者」
土のステータスとは別に、言葉が表示された窓のような物が目の前に浮かび上がった。
「はい」
そう書いてある。俺はチェルを確認したが、こいつは特に何もしていない。ただ見てるだけだ。
「お前が菌類統率者か?」
「はい、そうです」
「お前には一体何が出来る?」
「土の中にいる菌類を自由にコントロール出来ます」
「そもそも菌類、とは?」
「あなた達より遥かに小さな生物です」
そこでチェルが割って入った。
「小さいとは限らないけどね。キノコは菌類が集まって出来てるよ」
「……ふむ」
確かに奴らは胞子を出してそれで生存領域を広げていく。交尾も受粉もしない不思議な生物だが、その菌類とやらの集合体というなら話は分かる。
キノコの話は一旦置いておいて、肝心なのは今目の前にいるこいつが、具体的にどう俺の役に立つか、だ。
「……例えばだが、土の中にいる菌類とやらを1箇所に集める事は出来るか?」
「出来ます。範囲は限られますが」
「それじゃあ、その菌類を活性化して、土を良くするなんて事は?」
「出来ます。ただし栄養が必要です」
「お前らにとっての栄養ってのは何だ?」
「主に動植物の死骸、いわゆる有機物ですね」
「ふむ。結局、肥料になる素は必要な訳か」
「集められますよ」
「……え?」
「ご命令頂ければ、土の中に埋まったまま分解されていない有機物を発見して分解し、植物の栄養にする事が可能です。更に菌同士で連結し、栄養を運んでくる事も可能です。時間さえ頂ければ」
「それはつまり……何も無い所から野菜を育てる為の栄養を作り出せるって事か?」
「何もない訳じゃありません。ただ、あなた達から見えてない所にあるだけです」
俺はため息をつきつつ自分の状況を俯瞰する。
魔界から追い出された四天王が、いよいよ土を相手に楽しくお喋りしだした。そう考えるとかなりヤバい状況だが、ここには確かな光明がある。
つまりこういう事だ。
1.『地形変化』によって畑を拡大、灌漑をして水分を供給。
2.成長に必要な時間は『土加速』の調整によって省略。
3.栄養は土の中にいる俺のお友達に『操魔の指輪』で依頼して確保。
4.種蒔き、草むしり、収穫などの工程はナイラに依頼した魔導機械で効率的に行う。
この4つのステップにより、俺の農場は最強になる。
それにこれなら魔物を家畜化せずに済むので、魔王様の意向に逆らう訳ではない。まあ正確には土の中にいる新種の極小魔物を従えている訳だが、このくらいは流石に魔王様も気にしないだろう。
さて、あとはナイラの魔導機械がどの程度の物かを確かめるだけとなった。
俺が畑に戻ると、タリアがゴブリン達に畑の周りをぐるぐると行進させていた。
そういえばもうゴブリン捕まえちゃったんだった。家畜化の必要がなくなった今、こいつらは解放しても良いのだが、ここで放り出すと村の場所を覚えられた分、厄介な事になりそうだ。扱いに困る。
「ロディ様、見ての通りかなり正確にゴブリンを操れるようになりましたよ」
タリアが若干嬉しそうに言うので、少し言い辛い。
「あーその事なんだがな……」
「彼ら用の荷車を作れば、今すぐにでも輸送部隊が出来ますね」
……あ。そういえばタリアには、「農場で使う」とは言ったが、「家畜にする」とは一言も言ってなかった。
「ロディ様?」
「うむ。そのようだな。野菜を運ぶ人手はどうしても必要になるからな、輸送要員は必要だ」
「ええ、そうですね。……何か違いましたか?」
「いや、合ってる。俺の狙い通りだ。流石は敏腕秘書だ。何も言わずとも俺の言いたい事を察せる」
タリアが俺の態度に疑惑の眼差しを向けた。
街の中までゴブリンを行かせるのは無理だろうが、直前までなら問題ないだろう。そこからポロドに引き継げばゼンヨークで大々的に販売が出来る。そろそろ他の街への売り込みも開始した方が良いだろう。
さあ、準備は整った。