ゴブリン
どうにも机上での考察では答えは出なそうだ。とにかく『操魔の指輪』を使った魔物の家畜化計画に乗り出してみよう。
結局、俺が最初の家畜対象として選んだ魔物は『ゴブリン』だった。
『自立型』の魔物であり、亜人種にあたるが知能は低い。1匹1匹の力は下の中って所だが、徒党を組めばそれなりの力を発揮する。だがあまりにも数が多いと仲間割れを始めるという人間に似た愚かさを持っている。自然に維持出来る群の数は30から50といった所だろうか。
だが『操魔の指輪』があれば話は違う。『使役型』に変更する事で殺し合いを始めないようにする事が出来る。ただ亜人なので、食用には向かない。食って糞して生まれて殺されるだけの存在となり、家畜としての効率は悪いが、それでも肥料が必要なのだ。
何よりゴブリンが良い所は、新魔王軍に編成されていない「野良」が探せばそこそこいる所でもある。上記の理由から軍として纏めるのが困難なので、人里離れた洞窟か何かに群れを作っている事が多い。そして幸いな事に、行商人ポロドからゴブリンがいる洞窟の情報をすでに入手している。
そいつらを狩れば行商人としては脅威が1つ減るし、こちらは家畜第1号が手に入りウィンウィンという訳だ。
善は急げ。早速俺はそのゴブリンの洞窟にやってきた。
答えの出ない土問答を続けるよりも、身体を動かした方が良いと思ったのだ。
街道から外れた山の、裾野にある小さな森。そこに巣はあった。
「あの、ゴブリンを捕らえるという目的は理解しましたが、何故私が同行する必要が?」
一緒に連れてきたタリアが俺に尋ねる。
「どの程度魔術が使えるようになったのか、確かめておきたい」
「えっと……魔導機械を動かす為の勉強しかしていないので、戦闘なんて全く出来ませんよ」
「問題ない」
俺はポケットから『操魔の指輪』を取り出し、タリアに渡す。
「これは……どういう意味ですか?」
「それは魔物を操る事が出来るマジックアイテムだ。お前が魔力をある程度コントロール出来れば、その要領でゴブリンどもを操る事が出来る。国宝級に貴重な物だから無くすなよ」
「ああ……そういう意味ですか」
他にどんな意味が? と思ったが、納得したようなので良しとしよう。
タリアが『操魔の指輪』を装備した。
「ひれ伏しなさい!」
間髪入れて俺に使ってきやがったので、「魔人には効かん」と言うと「あ、そうですか」と答えた。何なんだこいつ。
とにかく、これで巣の中にいるゴブリンを従えつつタリアがどこまで出来るか試してみようじゃないか。
洞窟の中は、遺跡ダンジョン程ではないが僅かに魔力の気配がした。それとゴブリン特有の涎っぽい臭い。入り口付近には比較的新しい食い散らかしもあって、中に奴らがいるのは明らかだった。
「……怖いのか?」
1歩1歩、恐る恐る洞窟の中に進んでいくタリアにそう尋ねてみると、「怖くありません」と答えた。その割にへっぴり腰になっているので、指先でちょんと尻を突いてやると、「ひぐっ」と妙な声をあげた。
「……あのですね。つい数ヶ月前まで私は何の変哲もないただの村娘だったんですから、こんなダンジョンに先頭切って入っていくのはやはり向いてないと思います」
「これはダンジョンじゃない。ただの洞窟だ」
「似たような物です。とにかく、まずはロディ様が先頭で進む事を秘書として強く推奨します」
毅然とした態度で情けない事を言うタリア。
まあ、こんな所でグダグダやっていても仕方がない。さっさとゴブリンを捕獲しよう。
洞窟に入って2、30メートル進んだあたりで、物陰からゴブリンが2匹飛び出して来た。こちらの死角からの攻撃だったが、気配でバレバレだったので、手に持っていた棍棒を弾いた後、両手で頭をキャッチしてぶら下げた。
「タリア、見ろ。これがゴブリンだ」
身長は1m足らず。四肢は細く、腹は出ていて、醜いが個人的には愛嬌がある顔をしていると思う。
「指輪を嵌めた指をこいつらに向けて、『大人しくしろ』と言え」
「お……大人しくしろ!」
タリアが俺の指示通りにそう言うと、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら暴れ、無駄な反抗をしていたゴブリンが言われた通り大人しくなったので、俺はゴブリンを地面に下ろしてやる。別に心で念じれば効果は発揮されるのだが、『操魔の指輪』初心者は声に出した方がやりやすい。
ゴブリンの目は光を失い、虚空を眺めていた。どうやら上手く行ったようだ。
「1匹だけに向けて何でもいいから命令してみろ」
俺はタリアにそう言うと、タリアはこくこくと頷いて、1匹のゴブリンに向けてこう言った。
「パンチ!」
言われたゴブリンは拳を握りしめてあろう事か俺を殴ってきた。もちろんゴブリンごときの腰の入っていないパンチなどでダメージは無い。
「……タリア、どういう意味だ」
「何でも良いから命令しろと仰ったので……」
……どうもタリアは昨日の一件をかなり根に持っているようだ。嫉妬というのは面倒な物だが、女の我儘にまともに付き合っても得られる物は少ない。
「……とりあえず、その調子でここの巣にいるゴブリンを全員捕まえるぞ」
「分かりました」
俺が先陣を切って進みつつ、襲いかかってきたゴブリンをタリアが『操魔の指輪』で捕獲する。読み通り、洞窟の中には30匹程のゴブリンがいたが、タリアが服従させられたのは20匹までだった。人間にしてはそこそこ良い所だろう。残りの10匹は捕らえた20匹のゴブリンで羽交い締めにした。殺すのも自由にするのももったいないので、残りは俺が操ろう。
「指輪を返せ」
「私がこの指輪を外したら既に捕らえたゴブリンが解放されてしまうのでは?」
「心配ない。その指輪は『魔物との使役関係を結ぶ為の指輪』であって、外しても契約自体は続行する。新たに契約を結ぶには装備し直さないといけないがな」
「そうなのですか」
タリアが指輪をまじまじと見る。魔王様秘蔵の最強マジックアイテムを村娘が装備している光景はよくよく考えてみるとかなりシュールだ。
「だからこのゴブリン達は俺からのプレゼントだ。素直に受け取って機嫌を直せ」
涎を垂らす半裸の醜悪な魔物達を見渡し、タリアが眉間に皺を寄せて俺の方を見た。
「それ、本気で言ってます?」
30匹のゴブリンを手に入れて村に戻ると、村のあちこちで悲鳴が上がった。その度にタリアが、これから農場で活用する事を説明していた。なかなか面倒そうな仕事だが、俺の口から言うよりは村人達からの信頼も厚いタリアに一任した方が早いだろう。
それにしても、規則正しく並び、命令されるまではただただまっすぐ立ち尽くすゴブリンの集団を見ていると、遺跡ダンジョンの『寄生血虫』を思い出す。
あれは血液の中に潜んで、宿主を自分に有利なように行動を誘導していたが、『操魔の指輪』はより自在にコントロールする事が出来る。
魔王様が人間界への進撃を開始した日、魔界には10万を超える魔物の軍勢があった。今となってはほとんど勇者に倒されたが、それを統べる魔王様はやはり王の中の王だったと言える。
ふと、気になっていた事を思い出した。『寄生血虫』が魔界で発生した時、魔王様はすぐにそれを統率し、自滅するように命令した。『寄生血虫』も魔物の一種であり、強力な軍を作るのにその性質はどうしても邪魔だったからだ。
意識もない極小の魔物すら『操魔の指輪』は操る事が出来るあたり、やはり凄いアイテムだ。時間を使ってでも入手した価値があった。
目の前の光景と記憶の中の光景が重なり、俺は妙な感覚になっていた。頭の中でバラバラだったピースが繋がり、アイデアは鍵の形となって疑問という錠にピタリと嵌る。
そもそも、土とは何か。
妖精から投げかけられた命題。それの答えに、俺は今辿り着こうとしていた。