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ふんばれサルム君

 ノード村ノード農場。住民は人間30人と魔人1人。4つの畑には今日も沢山の野菜が実り、平和な日常が過ぎていく。


 村内で唯一の魔人であるサルムは、真っ赤な太陽の下で鍬を力一杯振り下ろし、硬い土を相手に悪戦苦闘していた。時々鬱陶しそうに首輪に触れるが、どうする事も出来ない。どうにかしようとすると締まり出して息が出来なくなるので、なるべく考えないようにした。


「サルムさん、そろそろお疲れでしょう。休まれてはいかがですか?」

 村長がコップ1杯の水を持ってきた。サルムはそれを奪うように取って、村長を睨みながらあっという間に飲み干した。


「はぁ……はぁ……も、もういいだろう。これだけ耕せば、十分食っていけるはずだ」

 サルムはそう言って、自分が耕した地面を手で示した。5つ目の畑は既に村の中でも1番広くなっており、サルムの言う通り村人の腹を満たすのに十分な面積がある。


「ふむ、それはそうなんですが、ロディ様はこの農場の拡大を考えておられるようですし、畑はいくらあっても足りますまい」

 ロディ、という名前を出され、サルムは苦痛に顔を歪ませる。汗で滲む額を拭くように、泣きそうな顔を隠した。


「だ……だが、もう限界だ。来る日も来る日も、こんな……こんな……俺は魔人貴族だぞ! 人間には分からぬかもしれんが、数少ない、選ばれた、誇り高き……」

「おや? 逆らうのですか?」

 村長がそう言うと、サルムの首がぎゅっと締まった。「うっ」と声を出し、指を首輪の中に入れて抗おうとするがそんな隙間はない。鍬を落とし、膝を地面につけて、村長を見上げる。


「ああ……おかわいそうに。私も非常に心苦しい」

 村長がそう言う。こいつは分かっていてやっているのではないか、というサルムは疑う。

「ぐ……た、たす……死ぬ……」

 声を絞り出すサルムに、村長は告げる。


「分かりました。今日の耕作はこの辺にしましょう。その代わり、サルム様には『例の仕事』を手伝ってもらいます」

 例の仕事、という言葉にサルムは顔を青くする。

「い……嫌だ……もうあんな事は……ああ……」

「便所の糞もそろそろ溜まってきましたので、堆肥づくりを手伝ってください」

「い、い、嫌だああああああ」

 断末魔をあっげたサルムは、引きずられるようにして村長に連れていかれた。


 ロディが群島へ出張中、留守を任されたサルムは日々過酷な労働に打ちひしがれていた。土を耕し、糞を混ぜ、老人にこき使われ、子供に石をぶつけられ、魔人貴族としてのプライドはもうズタズタだったが、ロディが分析の通り自殺する勇気すら持て無かった。

 惨めな扱いを受けつつも腹が減ったら野菜を食べ、許可されれば入浴し、疲れた身体を癒すために眠りにつく。その繰り返しの中で、何度も何度も心の中で助けを呼んだ。


 だが現実は過酷だ。ヘカリル家のみならず、今魔人達はグレンの指揮の下で人間達との激しい戦闘を行なっている。元々、旧魔王軍は勇者率いる人間の軍にギリギリの所まで押し込まれていたのだ。最終決戦で勇者を倒せたから良かったものの、その状態から人間達に反撃するにはかなりの時間がいる。

 サルムの兄2人も忙しく、出来損ないの弟の心配をしている暇などない。助けを呼ぶ事も出来ないが、呼べたとしても来てくれるとは思えなかった。


 ある日、行商人のポロドが村に立ち寄った。ノード村で収穫した野菜の売り上げで馬車を新調したらしく、非常に上機嫌だった。


「ロディ様はまだ戻られませんか?」

 ロディとタリアが村を出てから3週間が経っていた。村長が答える。


「ええ、タリアからは3日に1回手紙が届きますが、ロディ様の方は音沙汰がありませんな」

 井戸で水を汲んでいたサルムは、2人の立ち話に耳をたてつつロディの死を願った。つけた本人が死ねば、『服従の首輪』も効果を失って晴れて自由の身となる。だが逆に言えば、この首輪がある限りロディはどこかで生きている。


「南の戦線はどうですか?」と、村長。

「芳しくないようです。王国軍も頑張っていますが、やはりグレン率いる新魔王軍は非常に強力らしく……」

 サルムは心の中で「ざまあみろ」と呟いた。僅かに首輪が締まったが、耐えられない程ではない。


 表面上は黙々と雑用をこなす。そして内心で、グレン様なら、人間共を根絶やしに出来る。この世界を我々魔人の物に出来る。そして裏切り者のロディを殺し、俺を解放してくれる。何度も何度も心からそう願う。


 ノード村を襲う前、サルムは1度だけグレンと言葉を交わした事がある。カルス砦を落とした時の事だ。


 魔界への1番大きな入り口近くにある巨大な砦。作ったのは魔人だったが、勇者とその仲間達の手によって制圧され、それからはずっと人間が占拠していた。強固な作りと隙のない立地が災いして、魔人達はそれを攻めれずにいた。だが勇者はいなくなり、グレンの編成した新魔王軍の団結力は増し、あっという間に戦線を砦近くまで下がらせた。


 籠城する人間達に向けて、最前線に立ったグレンが吠える。


「愚かなる人間ども! 貴様らが崇拝した勇者はもういねえ!」

 それを聞いた砦の長が、声を張り上げて答える。

「だがお前らの魔王もいない! 相打ちになったのなら、条件はイーブンだ! そして我々人間は絶対に負けはしない!」

 砦の向こうから歓声が上がる。


「魔王は生きているぜ!」

 グレンが大声で叫ぶ。人間達からは嘲笑が溢れる。

「バレバレの嘘をつくな! 生きているというのなら姿を見せろ!」

 砦の長がそう言って、グレンはにやりと笑った。


「今、見せてやる」


 グレンの身体は真っ赤に燃え上がり、その熱で宙に浮かんだ。周りの魔人は熱さに耐えられずに下がる。そして宙に浮かんだグレンは、両手を広げて砦を見下ろした。魔人は人間より魔術に長けているとはいえ、そんな芸当が出来る者はこれまでにいなかった。


 そしてグレンは炎の中で笑った。


「俺が新しい魔王だ」


 言い終わると同時、グレンは単身で砦に突入した。強固な壁に穴を開けて、中では爆発音が響き、窓からは煙と共に全身を炎に包まれた兵士達が次々に飛び出してきた。魔人達は声をあげて、砦の門を力任せに開ける。既に砦の中は阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。


 その光景を見て魔人達は確信した。

 グレンこそが新たな魔王だ、と。


 サルムはあの時の光景を思い出し、1人ほくそ笑んだ。人間が死に絶え、魔人が地上を支配する世界。背信を報告すれば、グレン様は一瞬であの憎き裏切り者、ロディを燃やしてくれるだろう。


「おや? サルムさん。手が止まっているようですが」

 村長の指摘に、サルムは焦りながらほとんど無意識に頭を下げた。

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