潜むもの
命知らずの大馬鹿達が、ミノタウルスのバーベキューを楽しんでいる。美味そうにパクパクと肉を食って、これこそが人間の力だと言わんばかりに勝ち誇っている。何度でも繰り返そう。こいつらは馬鹿だ。
ジスカはまだ手をつけていないようだが、迷っているようでもある。俺は近づいて、「あんな物食うな。死ぬぞ」と言うと、こくこくと頷いた。食べるか迷っていたのではなくどうやって止めようか迷っていたようだ。
「……それ、じゃがいも?」
俺が片手に持った蔓にジスカが気付いた。「そうだ」と肯定すると、俺とじゃがいもを見比べて、怪しんでいるようだった。それもそうだ。こんな場所でいきなり立派な野菜を調達してくるのは、倒したミノタウルスから肉を削ぎとるよりも不自然だ。仕方なく、俺は最低限の説明する。
「俺には魔人の中でも特別な力がある。簡単に言うと土のコントロールが出来るのだ。野菜を早く育てたり、土の状態を見たりな。だからこのじゃがいもは、俺が育てた物だ。元はキャンプにあったのと一緒だから、害はない」
「……本当に?」
「ああ」
魔土で育てたので、多少は魔力の影響があるかもしれないが、少なくとも毒にはなっていないはずだ。もし有害なら、土のステータスを確認した際に分かる。
「分かった。焼く」
そう言うと、ジスカは手慣れた様子で荷物から小さなフライパンを取り出し、杖で描いた魔法陣の上にそれを乗せた。油を多めに引いて、呪文を唱えて加熱する。十分に熱されるのを待つ間に、俺から受け取った芋を薄切りにして、皿に並べる。
「これ、何て料理だ?」
「ジャガチップス」
フライパンに乗ったじゃがいもの色がみるみる変わっていく。そこに塩をパラパラとふりかけ、たまに裏返す。油が多いので、焼くというより揚げるといった感じだ。香ばしい匂いが漂い始め、俺も食欲が湧いてきた。さっきじゃがいも食べたばかりだし、いくら俺が育てたものとはいえどうかなとは思ったが、これなら食べれそうだ。
揚がったジャガチップスを更に並べるジスカ。黙って見ていた俺に、勧めてきた。
「食べてみて」
「……ああ」
手で摘んで1枚口の中に放り込む。まずはパリッとした食感が楽しい。口の中にしょっぱさとじゃがいもの味が混ざって広がる。キャンプで食べた物とはまるで違う。この野菜、変な中毒性がある。というかこれ野菜という分類に入る物なのだろうか。
「……大丈夫?」
ジスカが不思議そうな顔で俺を見ていた。生まれて初めて食べたジャガチップスに、俺は思わず放心状態になっていたようだ。かろうじて頷くと、「どう?」と感想を尋ねてきた。
「美味い。お前も食ってみろ」
ジスカはこくりと頷いてフライパンから揚げたてを拾って、ふーふーしてから食べた。
「美味しい。何これ?」
作った本人が混乱しているようだ。「ジャガチップスだ」と俺が答えると、「知ってる」と言われた。そりゃそうだ。
「何でこんなに美味しい? おかしい」
続けざまに1つ2つと口に放り込む。おいやめろ、俺の分が無くなってしまう。
「あれ? ジャガチップスじゃないですか。俺結構好きなんですよ。肉ばっかりでそろそろ飽きてきたんで、分けてくださいよ」
兵士の1人がそう言って近づいてきた。「駄目だ」と拒否しようかと思ったが、ジスカが無言で差し出したので止められなかった。単純にこの味を知って欲しかったのだろう。
兵士がそれをつまんで口に入れようとしたその時、異変が起きた。
止まったのだ。
この場の時間が停止した。
……ように見えたが、実際に止まっているのは兵士の動きだけだった。手を出したまま、肉体も表情も固まり、その場から微塵も動かない。
俺はジスカを見る。ジスカは俺を見る。お互いに何が起きたのか分かっていないが、確実に良くない状況になりつつある事は分かった。
ミノ肉を焼いていた兵士達の方を見ると、1人は地面に突っ伏し、1人は立ち上がって湖の奥を見ていて、1人は中腰の姿勢で痙攣し、1人は口から泡を吹いていた。
俺とジスカの目の前にいる兵士の顔がぐにゃりと曲がった。片方の口角がずるりと下がり、そこから涎が垂れる。そして見覚えがある虚ろな目。その瞬間、このダンジョンの正体が分かった。
「……まずいな」
俺はジスカの首根っこを掴んで後ろに下げた。ジスカはまだ何が起きたのか分かっていない。手斧を構えて、兵士を観察する。
「アれ? 何すカ? ニく食ワないんスか? きれいな花ガ、咲イテますよ。ごミ魔人、死ネ。アギャははは。フッふっフー!」
意味不明な事を口走りながら、兵士は腰の剣を抜いて俺に斬りかかってきた。
大振りで隙だらけ、構えもなっちゃいない。兵士として訓練を受けているとは到底思えない腕。まあ素の実力もどの程度なのか分からないが、少なくとも俺の敵ではない。
俺は兵士の両腕を切り落とす。
「ウは! 空が青イですネえ!」
兵士はそう言って笑いながら、失った自分の肘から先を見ていた。どうやら痛みは全く感じていないらしい。
「ロディ、後ろ!」
ジスカの声で俺は振り向いたが、その気配には気づいていた。案の定、残りの4人も駄目そうだ。1人は倒れたままだが、残り3人は襲ってきた兵士と同様に正気を失っており、不恰好ながら攻撃を仕掛けてきた。
1人は蹴飛ばしてこかし、1人は斧で銅を斬り、1人は顔面に拳を叩き込む。だが1人目の兵士と同様に、ダメージを与えてもまるでそれを感じずにすぐ立ち上がって向かってくる。
「ジスカ、血には絶対触れるなよ」
俺はそう忠告しながら、兵士達を順番に斬っていく。この状態では拘束するのは無理だし、治癒魔法による回復も不可能だ。
こいつらを倒すのは別にいい。思い入れもないし、脅威でもない。問題は帰ってからだ。
ダンジョンの正体、それは『血』だ。やけに血に絡んだ魔物が生息しているなとは思っていたが、それは血の中に存在する魔物のせいだ。
『寄生血虫』と呼ばれる『自立型』の魔物で、虫とは名がついているものの目に見えない程小さく、それ自体の生命力も非常に弱い。だが、1度口から入って生物の血に潜り込むと、宿主を乗っ取って自由に動かし始める。全く持って気味の悪い魔物だ。乗っ取った生物を戦わせて、血だらけにした後、水場に誘導してそこで増えるという性質を持っている。だからワーグも群れていなかったし、ミノタウルスも本来とは違う動きをしていた。魔界でも非常に珍しい存在で、魔王様ですら存在を許さなかった数少ない魔物の一種だ。
本来は火で焼けば死ぬが、きっとこいつらが食べたミノ肉にはまだ生の部分が残っていたのだろう。自業自得といえば自業自得だが、俺が目を離さなければこの悲劇も起こっていなかった事を考えると、俺に責任がないとも言い切れない。
俺は兵士達の死体を見渡し、ため息をつく。兵士達にトドメを刺したのは間違いなく俺だ。『寄生血虫』の説明をした所で分かってもらえるだろうか。ああ、人を殺した魔人がどんな扱いを受けるかは分かっている。
「……ジスカ、少し説明しづらいんだが……」
「分かってる」ジスカははっきり答えた。「ロディ、悪くない。血の中の何か、彼らおかしくした」
俺は無言でジスカを見る。どうやら俺が思っていたよりこの娘も頭が良いようだ。
「仕方ない。とにかく一旦戻ろう」